mimic
「菅野サン?」


突然ひょっこり葉陰から顔が覗いて、わたしは椅子から滑り落ちるくらい驚いた。
持ってた缶ビールが、力の抜けた右手からポロッと落ちる。


「あ。」


口をぱっくり開け、腰を抜かして不審者の登場に戦慄しているわたしとは対照的に、


「中身、入ってなかったんだ。良かったネ」


近寄って来た相手は、間延びした声で言った。


「庭の前を通りかかったら人影が見えたので、こっちから回ってみました」


屈んだ男は縁側に落ちた空き缶を拾って、背後をぐるりと見回した。誰にも手入れされず、鬱蒼としたうちの庭を。


「は、はあ……」


釈然としないながらも空き缶を受け取り、わたしは相手をまじまじと見つめる。

だって、怪しすぎる。
白いワイシャツに黒のスラックス姿。
こんな時間にセールスマン?

それにしてもこんな非常識な登場の仕方ある? と思っていたら相手は両目を存分に細めて微笑みながら言った。


「あ、俺、頼まれ屋の多野木です」
「、は?」


頼まれ屋……?
の、狸?


「あごめんなさい。ええと、俺、こないだ式場で会った……覚えてないかな?」


相手は頭をポリッと掻いた。
その際、たぶんうちの密林みたいな庭を通って来たせいで髪に付着していた葉っぱがふわっと落ちたので、ほんとにすごい、化けた狸っぽかった。


「式場で、ですか……」


わたしは頭を働かせる。
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