mimic
「__おはようございます」


翌日になると、昨日までの嵐が嘘のように、雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。

マンションの前でばったり出くわした阿部店長は、「……おはよう」ちらりとわたしを一瞥しただけで、すぐに前を向いた。
自転車を、乗らずに引っ張って歩くもんだから、行き先が同じであるわたしたちは並んで歩く他ない。気まずい。


「弟さん、じゃなかったんだね」


ぽつりと呟いた阿部店長の言葉に頷く。
まだ乾き切らない水溜まりを避けながら歩く。


「否定しないから、てっきり……。そういう関係だとは思わなくて。大きな家にご一緒に住んでる、ご家族だとばかり……」


仕事が休みの海月は、朝から庭をいじっている。
きっとわたしが帰る頃には、すべてが元通りになっているだろう。


「彼氏、なんだよね?」


歩調が緩くなった。
潮の香りを運ぶ秋風には、僅かに雨の匂いが混ざっていて。


「彼は……、わたしのたったひとりの、かけがえのない人です」


台風一過の空が眩しい。
目を細め、海月の真似をして笑う。


「心から愛する人です」


阿部店長は、ホームセンターに着くまで無言だった。

その日、シーズーは例のおばさんに売れたのだった。おばさんの胸に抱かれ、無邪気にはしゃいでて可愛かった。

おばさんはわたしのことを覚えてくれていた。おじいちゃんのお通夜にも来てくれてた。
最近、お宅のお庭素敵ねと、私の散歩コースなのよ、と言った。これからはこの子と一緒に歩くわ、と。

千葉さんも嬉しそうだった。庭師の彼氏さんのお陰ですか? なんて、にやにやしながら冷やかされたのはとっても恥ずかしかったけど。

その日、大きな水槽に引っ越したうちの金魚は二匹に増えた。



< 78 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop