mimic
「……さよなら」


別れ際に、ちっとも気の利いたこともことも言えないわたしはほんと、心底格好悪かった。

運転席の真ん前に立ち、成り行きを見守っている彼女の近くを通りすぎるとき、消え入るような小声が聞こえた。


「わかった。じゃあこれからは、俺の好きにさせてもらう」


式場の敷地を出ると、途中街灯が途絶えて、前がよく見えなくなる。
いや、よく見えないのは、両目から止めどなく涙が溢れてきて、視界が潤んで見えるからで。

歩調を緩め、コートの袖で頬に伝う涙を拭っていると。


「あの……、」


夜道を刻むヒール音が響いた。


「お辛いでしょうけど、決意していただけて助かります」


立ち尽くす泣き顔全開のわたしに、追いかけてきた彼女は整った表情を崩さずに続けた。


「あの人、これまでさんざん遊んできたんです。あなたはそのなかのひとりに過ぎませんから」


まるでこんなこと前にもあったかのような、場馴れした風格。
即座に立ち去った彼女を見送り、わたしはしばし唖然とする。

ショックとかよりもまず先に、肝が座った彼女の、冷静で寛大で堂々とした態度にぐうの音も出ない。

しばらくして、海月が乗ったと思われる黒い乗用車がわたしの脇を通過した。
スピーディーに、余韻も残さずに。
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