冷徹騎士団長の淑女教育
王妃は、クレアが今までに出会った誰よりも美しい女性だった。

巧妙に結い上げられた艶やかな黒髪に、吸い込まれるようなダークバイオレットの瞳。肌は年齢を感じさせない滑らかさで、常に微笑を携えた口もとには聡明さが見え隠れしていた。

誰もが、彼女に一目置いているのが分かった。

レイチェルがかねてから噂していた通りだ。

王妃には、美しさだけでなく、人々を引き付ける特別な魅力がある。もしも国王が崩御されたとしたら、王妃に女王になってもらいたいと言っていたレイチェルの気持ちが、クレアは分かった気がした。




「ご無沙汰しております、王妃様」

金仕立ての椅子に腰かける王妃を前に、膝間付き優雅に挨拶をするエリック。王妃は美しい顔に柔和な笑みを浮かべると、糸が綻ぶように華麗に微笑んだ。

「まあエリック、久しぶりね。そちらのお嬢様は?」

クレアは緊張でどうにかなりそうになりながらも、懸命に淑女の礼を披露した。手首のしなり、スカートの摘まみ具合、腰を落とす位置。幼い頃から繰り返ししつこくしつけられてきたので、寸分も間違うことはない。

「はじめまして、王妃様。クレアと申します」

「クレア? どこのお屋敷のお嬢様かしら?」

首を捻る王妃を前に、クレアは戸惑った。

孤児であるクレアには、身分も苗字もない。
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