冷徹騎士団長の淑女教育
アイヴァンは目を見開いたあとで、鋭い瞳にみるみる怒りを浮かべた。

遠目からでも、彼がかなり激怒しているのが分かる。

アイヴァンが、こちらへ向けて歩みを進めるのが見えた。大公子息であるエリックにでさえ、頑として厳しさを決め込む男だ。公衆の面前であろうと、クレアを咎め厳しく当たることなど、わけないだろう。



(今度こそ、見捨てられるかもしれないわ……)

孤児であるクレアを引き取り、教育を施すメリットが、アイヴァンには何一つない。アイヴァンにとってクレアなど、足手まとい以外の何ものでもないのだ。

それでもアイヴァンがクレアの世話を焼き続けてくれたのは、彼の優しさ故だった。だがクレアは、かけがえのない恩人であるアイヴァンを繰り返し裏切った。その先に待ち受けているものが何なのか、容易に想像できる。

どんなに厳しくされてもいい。

でも、離れ離れになるのだけは嫌だ。

クレアは、泣きそうな気持になりながら、足先から震えが込み上げてくるのを感じていた。






だが、そこでクレアの怯えを感じ取ってか、エリックが動いた。

「これはベケット婦人、お久しぶりです」

「あらまあ! エリック大公殿下ではないですか!」

エリックが話しかけた貴婦人はおしゃべり好きで、長々と話を続けた。それからもエリックはしきりにあたりの貴族に声をかけ立ち話に興じ、向こうからも繰り返し挨拶をされ、アイヴァンがクレアのもとに近づく隙を与えなかったのである。
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