冷徹騎士団長の淑女教育
「私が、勉強に嫌気が差して逃げ出したことも。あなたに抱き着きたくて、庭のあちこちに隠れては飛び出していたことも。気を引き締めていないと約束を破ってしまうような、頼りない人間だということも」

アイヴァンが、ふっと口もとを優しく緩めた。伸びてきた無骨な掌が、クレアの頬に滴る涙を拭う。

「……そうだな。全部知ってる」

「だから、どうか」

息が切れ切れなのは、これが別れの言葉になるかもしれないことを、実感しているからだった。アイヴァンはやがて妻を娶り、クレアは彼のいないところで生きて行く。

「最後に、私を抱きしめてください」

アイヴァンの瞳が、虚を突かれたように見開かれた。

「あなたが今私の弱さを全て受け止めてくれるなら、私はあなたが望むように強くなれるでしょう」

あの温もりを、最後にもう一度感じることが出来るなら。初めて会ったとき痣に触れてくれた、あの陽だまりのように暖かくて大きな温もりを――。

アイヴァンの瞳が、哀しげに揺らいだ気がした。そして次の瞬間、クレアは逞しい二本の腕に身を手繰り寄せられ、胸に抱きこまれていた。
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