冷徹騎士団長の淑女教育
アイヴァンは胸元が空いたシャツを着ているため、鍛えられた裸の胸板が目と鼻の先にある。

ドクンドクンと、彼の心臓が脈打つ音が聞こえた。

「クレア」

耳もとで、切羽詰まったようにアイヴァンが囁く。熱い吐息が耳を掠める感触に、クレアは微かに体を震わせた。

「クレア……」

切なげなアイヴァンの囁きは、二の句を継ごうとしているようにも聞こえた。だがアイヴァンはその先も幾度もクレアの名前を呼ぶばかりで、言葉を投げかけようとはしない。




「アイヴァン様……」

クレアは、幼い頃何度かそうしたように、アイヴァンの胸に自分の頬を摺り寄せる。硬い筋肉の感触が愛しい。熱い体温も、クレアにはない男の香りも、すっぽりとクレアを包んでしまう長い腕も。

永遠にこの温もりを肌に刻もうと、クレアは幾度もアイヴァンに身を摺り寄せた。

最後の甘えだから、許してくれているのだろう。

アイヴァンはきつくクレアを抱きしめ、茜色の空がすっかり群青色に変わるまで、クレアのしたいようにさせてくれたのだった。
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