冷徹騎士団長の淑女教育
クレアは、アイヴァンと出会った夜のことを思い出す。突如騒乱に巻き込まれ、自らの死を覚悟していたクレアの心に安らぎをくれたのは、痣に触れた彼の掌のあたたかさだった。

膝の上におざなりに置かれた彼の掌を、クレアはそっと手に取った。クレアの手は小さくて、彼の手を包み込むには足りない。

だからその手を、そっと自分の頬にあてがった。これなら、手で包むよりはあたたかいだろう。

私のぬくもりが、少しでも彼の心に届きますようにーー。

「アイヴァン様の家に帰りたいです……」



掌に頬を寄せながら、小さく囁く。アイヴァンは微かに目を見開いたあとで、ほんの少しだけ微笑んで見せた。

「……分かった。帰ろう」

いつもより幾分か優しい口調でそう言ったあと、アイヴァンはクレアの頭をぽんと撫で、片手で軽々と抱き上げた。

そして軒下を離れ、教会をあとにした。

大きな掌を頭にのせたままなのは、クレアが雨で濡れないように気遣ってくれているからかもしれない。





邸に辿り着くまで、アイヴァンはそれ以上は何も言わなかったが、クレアはそれで充分だった。

アイヴァンの胸の中は硬くて広くて――泣きたいくらいにあたたかかった。

降りしきる雨の冷たさも、忘れてしまうほどに。

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