冷徹騎士団長の淑女教育
「すまないが、明日もここには来れない」

クレアが物思いにふけっていると、急にアイヴァンがそんなことを言い出した。

「……なぜですか?」

「城の晩餐会に呼ばれているんだ。断り続けていたが、いよいよ行かなければいけない状況に追い込まれた」

アイヴァンが、少し苛立ったように言う。

以前にレイチェルが言っていたが、アイヴァンは晩餐会などの社交の場に出るのを好まない性分らしい。だが次期公爵としての立場上、それでは困るとレイチェルはこぼしていた。




クレアは小さく唇を尖らせる。先週も、仕事で数日会えない日々が続いたばかりだ。今週こそは毎日会えると期待していただけに、ショックを隠しきれない。

それに、ひとつ気がかりなことがあった。

「晩餐会ということは、ダンスもされるのですか……?」

「まあ、そうだろうな。晩餐会のあとは、舞踏会と流れが決まっている」

「アイヴァン様も、どなたかと踊られるのですか?」

「気が進まないが、そういうことになるだろう」



アイヴァンの返事に、クレアの胸が微かに傷んだ。

この邸から出ることをほとんど許されないクレアにとっては、レイチェルと語らいアイヴァンに教養を教え込まれるこの毎日が全てだ。

だがアイヴァンにとってここでの時間は生活のごく一部であり、騎士団の小隊長、公爵家の嫡男としての顔の方がメインなのだ。

クレアはアイヴァンの外での顔も、交友関係も知らない。

仕事上の仲間や家族、友人もいるだろう。それに、特別な女性だって――。

だがまだ九歳のクレアには、もやもやとしたこの感情がどういったものなのか、自分でもよく分からないのだった。
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