冷徹騎士団長の淑女教育
どれくらい歩いただろう。

茜色の空が群青色から闇色に変わっていく。夜空には星が小さく瞬きはじめた。

道の先に小高い丘を見つけ、疲れ切ったクレアはとうとう木陰に腰を落とした。

このあたりには家もほとんどなく、のどかな畑ばかりが続いている。

春になったとはいえ、ひんやりと肌を撫でる夜風には、冬の名残が残っていた。

クレアは自分で自分の体を抱くように縮こまり、寒さに耐えた。



(レイチェルが心配してるかもしれない)

今夜はアイヴァンは別宅に来ないから、クレアの失踪には気づいていないだろう。日がなクレアの世話をしてくれている、レイチェルのことだけが気がかりだった。だがあの家に戻ってしまえば、クレアはまた離れられなくなる。

あの家を出るチャンスは、今しかないのだ。

クレアがいることによって、アイヴァンに不幸が及ぶ前に。




辺りを包む闇が、徐々に深くなっていく。

ひゅっと不気味な音をたてて風が通り抜け、クレアは身震いした。

こんなことでくじけてはいけない。

これからずっと、誰にも頼らずに一人で生きていかなければならないのだから。

自分の身など、どうでもいい。

ただ、自分のせいで大切な人が不幸になるのだけは、耐えられない。
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