約束~悲しみの先にある景色~
そして。



トンッ………



お父さんは、包丁の腹の部分で私の肩を叩いた。


「いっ………!?」


血は出ていない。


けれど、包丁の刃は私の首に向けられているのだ。


(死ぬっ…!)


コップを運ばなければ、このままではお父さんに殺される。


包丁で、刺される。


そう確信した私は、ぶるぶる震える手で2つのコップを掴んだ。


とは言っても、手が震えているせいでコップの中のお茶とオレンジジュースは小刻みに揺れていた。


(運べば、大丈夫……)


ゆっくり、ゆっくりと。


私の首に突き付けられた包丁は、未だに離れない。


後ろからは、お父さんがその包丁を握ったまま付いてくる。


お父さんが包丁を握っている事が、当たり前だけれど嫌で嫌でたまらなくて。



(あと、少し……)


あと3歩でテーブル、という所まで来て、私が少し気を抜いたその瞬間。


「おい」


たったそれだけのお父さんの言葉に、私はこれまでに無い程酷く反応してしまったのだ。


「ひっ!」


驚いた拍子に、左手から私のコップが滑り落ちる。


私の分のオレンジジュースが、落下する。


その瞬間、全てが、私の目にはスローモーションの様に映った。
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