偶然でも運命でもない
15.思い出の再放送
「そこで、我に返った秀くんが言うわけ。『違う、キミじゃない』って。」
「響子さん。それ、秀じゃなくて、コウスケなんでしょ。秀が出てるドラマかもしれないけど、役者と登場人物を混同したら失礼って、さっき、響子さん言ってたよ。」
焼肉屋のテーブル席。
通された4人掛けのテーブルに、何故か横並びに座って、響子はビールを飲みながら、せっせと肉を焼く。
「え?そうだっけ?」
大河の言葉に、響子は動きを止めた。
こちらを覗き込むその目は潤んでいて、耳が赤い。彼女は今、完全に酔っ払っている。
「でもさ、それって酷いと思わない? 期待させといて、突き放すみたいな。」
広くもないテーブルに並べた椅子の位置は近い。
響子はさっきから、その身体の半分を大河に預けるようにして座っていた。
脂で光る唇に気を取られて、響子の言葉は半分も耳に入ってこない。
きっと、響子さんの耳にも、俺の言葉は半分も届いていないだろう。
主に、ビールのアルコールのせいで。
「期待?」
「そう。だってさ、やっと手に入るところだったのに。」
「そのドラマ、不倫の話ですよね? 駄目でしょ、そういうのは。」
「駄目だから、燃えるんでしょ。小説も、ドラマも、現実じゃないんだから。多少過激な方がいいのよ。」
響子はずっと、ドラマの話をしていた。
若い頃に好きなアイドルが目当てで観た映画が同じキャストでドラマ化されて、毎週楽しみだった事。
それは、ヒロインの叶わぬ恋を描いた作品で、今、12年振りに深夜に再放送されているという事。
大人になって観たら、とんでもなくドロドロした不倫の話で、それでも、目当ての彼の若い頃はやっぱり魅力的だった事。
ビールを片手に、かつて好きだったアイドルへの愛を語る響子に、大河は複雑な気持ちになった。
見慣れない名前の書かれた小さな札が載せられた高価そうな肉を、響子は無造作に網に乗せる。
程よく焼きあがった肉を、大河の皿に取り分けてレモンやらタレやらを差し出す。
提供される肉はどれもトロけるほど美味く、けれども響子の無造作な手つきで肉を焼くペースに圧倒され、大河は自分が一体何を食べているのか理解するのを諦めて、響子の話を聞いていた。
--駄目だから、燃えるんでしょ--
響子の言葉を飲み込んで、取り分けられた肉を白飯と一緒に口に詰め込む。
どうしてこうなったのだろう……。
帰りの電車で一緒になった響子さんに、一緒にメシ行きませんか?と、誘ったのは自分だ。
今夜は遅くなるから夕飯は外で食べてこいと叔父に言われたのを思い出し、駄目もとで誘ったのだが、あっさりOKが出た。
それなら行きたい店があるの。私が出すから付き合ってくれない?
そう言って彼女は、いつもよりもひとつ早い駅で電車を降りて、この店へと大河を連れてきたのだ。
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