偶然でも運命でもない
14.メリークリスマス
電車の遅延と運転見合わせが重なって、駅の中は混雑していた。
ざわざわと騒がしいガラスの外とうってかわって、カフェの中は静かだ。囁くように交わされる会話。ところどころで溢れる小さな笑い声。雑誌のページを捲る音。
「お金を出して快適を手に入れるのよ。」
そう言った響子の言葉に、大河は「響子さんて、時々すごく大人な感じがする。」と、妙なところで感心していた。
「ホームで来ない電車を待ったって、寒いし苛々するだけじゃない。」
「響子さんでも苛々することあるんだ。」
「そりゃ、あるよ。寒いの嫌いだし。」
暖かく快適な店内で小さなテーブルを挟んで並ぶ1人掛けのソファにそれぞれ座って、顔を寄せるようにして言葉を交わす。
ホイップクリームがたっぷりと浮かんだカップには、クリスマスの飾りが添えられていた。
てっきり、大河も甘いものを注文するのだろうと思っていたら、彼は迷わず「ブレンド、ホットで。」そう言ってマグカップのサイズを指さした。
「コーヒー、ブラックで飲む高校生って、初めて見た。」
「そう?……変かな?喫茶店の珈琲、好きなんだけど。」
「変じゃないけど。喫茶店のコーヒーが好きな高校生って、ちょっと変わってる気がする。」
「よく言われる。」
二人の前に、エプロンの店員がやってきて、小さなケーキが載ったプレートを差し出した。
「こちらはサービスです。メリークリスマス。」
それぞれの前に小さなフォークを置くと、その店員は隣のテーブルへと同じようにケーキを運ぶ。
「メリークリスマス、だって。なんだかデートしてるみたいだね。」
響子がそう言って笑うと、大河は照れた顔をマグカップで隠すようにして珈琲を飲んだ。
「そういえば、大河くんはクリスマスっぽいことしないの?」
「クリスマスっぽいこと?」
「ケーキ食べたりとか。パーティーみたいなのとか。」
「今、この状況が、ここ数年で一番クリスマスっぽいです。」
「駅のカフェで動かない電車待ってるのが?」
「デートっぽいって、今さっき、響子さんが言ったんだよ。」
少し照れたまま、大河は笑った。
響子はテーブルの真ん中のケーキに視線を落とす。
言われてみれば、クリスマスに誰かとケーキを食べるなんて、ここ数年していない。
クリスマスソングの流れるカフェで顔を寄せ、小さなケーキを分け合う。これが止まった電車の再開を待つ時間でなければ、たしかにクリスマスのデートと言ってもよい状況だろう。
「響子さんの、クリスマスっぽいことは?」
「昨日の晩、ビーフシチューを作って、美味しいチーズとパンを買ってきて、ワインを飲んだ。ひとりで。」
「うん。」
「以上。」
「えっ。」
「これが、私のクリスマスの過ごし方。毎年、ビーフシチューとパンとワイン。チキンも、ケーキも特になし。」
「響子さんらしいですね。なんか、すごく響子さんらしい。」
「そう?」
小さなフォークを手に取って、手付かずのケーキを一口分すくい取る。
そっと大河の前に差し出すと、反射的に口を開けて食い付てくる。
「甘い?」
「……あっ!」
大河は自分の行動に気付いて、声をあげ目を伏せた。その耳が赤く染まる。
「どうしたの?」
「なんでもないっす。」
わたわたと手を振って、大河は足元を見て「なんでもない」と、繰り返す。
そんなんで照れちゃうのか。可愛いな、そう思って響子は微笑む。
「じゃあ、今のは私からのクリスマスプレゼント。」
顔を上げた大河は、赤い耳のまま笑った。
「じゃあ、俺も。」
フォークを取り上げると、小さく切ったケーキを響子の前に差し出してくる。
真剣な顔をして、真っ直ぐにこちらを見つめる視線。
目を閉じて口を軽く開けると、少し間があって、遠慮がちに差し込まれるフォークの硬質で冷たい感触。口の中で解ける、軽く柔らかなスポンジとクリーム。
「甘い。」
唇を舐める響子の言葉に、大河は声を立てて笑った。
わざわざ目を閉じて顎を上げたのに。上げ膳据え膳のこの状況で、キスも出来ない程に、純情なのか。それとも、思っているよりも、子供なのだろうか。
照れるくらいなんだから、興味がないわけではないだろう。
「響子さん、甘いもの苦手?」
「そんなことはないけど。」
「眉間にシワ、寄ってる。」
「えっ!?マジで、ヤバいじゃん。」
慌てて指先でシワを伸ばすように眉間を広げると、大河は笑いながら「メリークリスマス」と呟いた。
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