偶然でも運命でもない
18.初詣
いつもは人の気配のほとんどない神社には人が溢れかえっていた。
大河は、人波に流されそうになる海都の手を引いて敷地の外を目指す。
お詣りは済んだし、御守りも買った。
それから、海都に付き合って、甘酒を飲んで、おみくじまで引いた。
おみくじの結果は、そこそこだった。
願事、時くれば叶う、ひとの助けあり感謝せよ。待人、来るが去る。学業、困難なし安心して勉学せよ。恋愛、答がでるまでには時間がかかるもの、互いの愛を信じよ。
気休め程度に目を通して、紐に結ぶ。
初詣のフルコースみたいだ。
思いついたそれは、なんだか響子さんが言いそうな言葉だな、と思う。
「これから、どうする?」
「んー。人多いし、帰るか。」
「叔父さん達は?」
「会社の人の家にお邪魔するって。そういや、海都は帰らなくていいの?」
「いいの。親父と姉貴が喧嘩しててさ。叔父さん達も好きなだけ居ていいって言ってたし。」
「また、俺の知らないところで勝手に話進めて。」
呆れて笑う。
叔父さんにとっては、海都は赤の他人だ。
甥の友人。だけど、きっと叔父も叔母も彼を放っておけないのだろう。大河が海都を放っておけないように。
「じゃ、好きなだけどうぞ。」
そういって、駅に向かって歩き出すと、向かいから見慣れた顔が近づいてくるのが見えた。
「あ、大河くん!」
彼女もまたこちらに気付いて、駆け寄ってくる。
花柄の長いスカートに、黒い革のライダースジャケット。ふわふわした白いストール。足元は黒いショートブーツ。
「あけまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
「あけましておめでとうございます。こちらこそ宜しくおねがいします。」
真似して頭を下げる。響子はこちらを見上げて笑った。
いつもよりも少しだけ濃いアイライン、ツヤツヤと濡れた輝きの深いピンクに彩られた唇。
この色は確か、ピンクバーガンディ。
「大河くん、私服だ。珍し。」
「響子さんだって。私服、初めて見たよ。」
その服もメイクも仕事着よりもずっと響子に馴染んでいて、とても可愛いと思う。
休みの日に私服で会えるなんて、新年早々ツイてる。
微笑むと、隣から手を引かれて海都の存在を思い出した。
人混みからはぐれないように、手を繋いでいたことも一緒に思い出す。慌てて手を離すと、海都はその手を響子に差し出して笑顔を見せた。
「はじめまして、響子さん。大河がいつもお世話になっています。」保護者かよ。
「はじめまして。もしかして、カイトくん?」
「そうです。武田海都です。」
「やっぱり!……よろしく。」
響子は差し出された海都の手を両手でとって微笑む。
その横顔はいつもの微笑みとは違って、人懐っこい笑みの裏側に少しだけ警戒心が見えた。
「二人は、もうお詣り済んだ?」
「うん。御守りも買ったし、甘酒いただいて、おみくじも引いた。」
「初詣フルコースじゃん!」
ほら、やっぱり。思い通りの返答に大河は嬉しくなる。
「響子さんは?」
「これからお詣りして、その後、食事会。」
「食事会?」
「会社の。」
「仕事?大変だね。」
「仕事関係なくて。仲良いのよ、うちの会社。」
そういえば叔父達は毎年、どこかでベロベロになるまで呑んで帰ってくる。酔った大人は未知の生き物だ。響子さんの会社の食事会も、お酒を飲むのだろうか?
「お酒、飲み過ぎないようにね。」
「ちょっとー。」
不満気な声を上げる響子に、大河は苦笑した。
本当は飲むなって言いたいけど、それは流石に言えない。
俺、彼氏でもないし。
「だって、心配だし。」
「もっと他に心配することあるでしょ。」
「神社の中、人すごいんで、潰されないように気をつけてくださいね。」
その言葉に響子は、ふふふと笑って大河を見上げた。
「それなの?まあ、いいけど。ありがとう。気をつけるね。」
バイバイ、またね。歩き出した響子の背中に手を振り返して、海都と並んで歩きだす。
「大河、響子さんと付き合わないの?なかなか綺麗だし、いい感じじゃん。」
「は?」
「好きなんだろ?」
「好きだけど。……全く相手にされてねぇよ。」
「何言ってんだよ。響子さんだって、お前のこと好きだろ。」
「まさか。」
響子さんが俺を?まさか。海都は、何を思ってそんな判断をしたのだろう?
「もしかして、お前、鈍い?」
「いや、わかんないけど。でも、脈、ないよ。連絡先も教えてくれないし。」
「えっ?!まだ訊けてなかったのかよ。」
海都は呆れて「純情かよ。」と呟く。
「そりゃ、付き合えたらいいとは思うけど。」
「けど?」
「卒業したら、遠距離だよ?」
「あー。まあな。」
「告るの?」
「どうかな……。歳の差がどうにかなるわけでもないし。ガキなんて相手にしないだろ。」
いくら対等に接してくれていても、彼女から見たら俺たちは子供だから。
偶然任せだけど、今も充分に幸せだ。
それでも卒業するまでには、せめて連絡先くらいは聞き出したい。それはきっと受験よりもずっと難しいと思う。
だって、相手はあの響子さんだから。
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