偶然でも運命でもない
25.つながる
海都を連れて家に帰ると、叔母はリビングでテレビを見ていた。
画面の向こうでは、いつか、響子さんが好きだと言っていたアイドルがスタジオに設置された小さな機械の前でリズムゲームをしている。
--なんか、秀くんが微笑んだ時の、あの、陰のある感じが好きなのよね……--
響子さんは、彼をそう評価していた。
「ただいま。」
「おかえり。センターどうだった?」
「どうって、別に。」
「夕飯、食べてきた?」
「うん。……あのさ、……海都、連れてきたんだけど、今日泊めても良い?」
「あら、ほんと?構わないよ。」
「ありがと。」
廊下に出て玄関に居る海都に「良いってさ。」と、声をかける。
「おじゃましまーす」
海都がリビングに入って行くのを眺めて、大河はそのまま2階の自室へと向かった。
鞄を放り投げるように置くとマフラーとコートをハンガーに掛ける。
部屋着に着替えて、もう一組ジャージを取り出すとリビングに降りる。
海都は既に自宅のように寛いで、ソファーの前の床に座りテレビを見ていた。その頭の上に、畳んだ着替えを乗せる。
「先、風呂行けよ」
「一緒に入る?」
「なんでだよ。」
「ひゃー。大河くん、キゲンわるぅい!」
海都は女子みたいな声をだして、ふざけてみせる。
そのまま仰向けに床に寝転がってテレビを見始めた。
「タイちゃん、何かあったの?」
海都の足の間に立って黙ったままの大河を、叔母が振り返って不思議そうな顔をする。
響子と叔父の関係を、叔母は知っているのだろうか?
気になるが、いつも仲の良い叔父と叔母が、それで不仲になるのは嫌だった。
黙り込んだ大河の腰を、海都が軽く蹴る。
視線はテレビを見たままのその顔が、何か言えよと、言っている。
「……叔母さん。さっき、叔父さん、見かけたんだ。」
「あら。そうなの?」
「あっちの駅の飲み屋の通りで。」
言いたくないけど、言わなければ。
また鼓動が早くなって、耳の奥がザワザワと鳴る。
「英知くん、女の子と一緒じゃなかった?髪の長い。」
「えっ?」
「あれ?……違うの?てっきり響子ちゃんと一緒だと思ったんだけど。」
「そうだけど。……なんだ。知ってたの。」
叔母の口から“響子ちゃん”という言葉が出るのは意外だったが、とにかく、叔母は響子の事を知っているようだ。
その親し気な呼び方は、その関係が悪いものではないことを気付かせた。
急に、肩の力が抜けて、膝から力が抜ける。
座り込んだ大河の背中を、海都がまた軽く蹴った。
「あら、やだ。もしかしてタイちゃん、英知くんのこと疑って心配してたの?さっきね、英知くんからコレ送られてきたのよ。今日は響子ちゃん達と裏誕生日会ですって。」
叔母の差し出すスマートフォンの画面には、満面の笑みの叔父と並んで響子が微笑んでいた。手には焼き鳥とビールのジョッキ。その横に、知らない男性がもう一人。やけに楽しそうだ。
「……響子さん……」
「そう、この子が響子ちゃん。あと、こっちは岩井くん。二人とも、英知くんの部下よ。」
見せて見せて、と、海都が起き上がって後ろから覗き込んでくる。
叔父はたくさんの写真をメッセージで送っているようで、通知の音と共に新しい写真が表示される。
なんだ。全部、俺の妄想だったのか……そう思って、ソファーに寄りかかる。
「ってことは、その人達、叔母さんの元同僚?」
疑いは晴れたが、響子が叔父の部下であるという新しい事実を受け入れたくない。
知ってはいけないことを知ってしまった気がして、溜め息をこぼす。
顔をあげると、目の前のテレビの中でアイドルの男がカメラにウインクをして見せた。
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