人狼だぁれだ
私、メイ・アルファリオンはつくづく最低な人生を送ってきたと我ながら実感している。

英で生まれ、母に捨てられ、殺人鬼に拾われ、そのまま殺人鬼に育てられ、人を殺し。馬鹿馬鹿しいことばかりをしてるのは分かってるのに、やらないと私が殺される。そんな現実に、目を背けたかった。

あー、ホントに馬鹿馬鹿しいですねぇ。まぁ、裁判さえ終えてしまえばこんなことを振り返る間もなく殺されるので、それは唯一幸せなのかもしれませんけど。

どうせ死刑なんでしょう?

そう心に思いながら、私は手錠の先にいる警官に目をやった。警官はいつになく緊張した御様子で前を歩いていた。新人なのだろうか。いや、後ろに殺人鬼がいるから怯えてるだけか。

間もなくして、法廷の扉の前へとたどり着いた。警官がぎいっという鈍い音を立てながら扉を開く。重々しい音にぴったりな空気。

こういうの苦手なんですよねぇ。騒がしいのも鬱陶しいですけど、静かすぎるのも嫌いです。なんて、強情でしょうか?

木槌の鈍く、重々しい音が法定へと鳴り響く。
被告人席から、証人席に移動させられ、そのまま立たされる。目の前には若い男性裁判官が立っていた。裁判官は真顔で、私へと問い掛ける。

「君の氏名と年齢、職業、住所、本籍について述べよ。」

「メイ・アルファリオン、年は23です。職業は、暗殺者、殺し屋、ですかねぇ。住所は不定、本籍は英です。」

私はのらりくらりと裁判官の言うことに従う。逆らっても無駄だし、面倒くさいだけ。
裁判官は考えたようにしたあと頷き、起訴状を読み上げる。

「起訴状を読み上げる。メイ・アルファリオン、被告人は各国で様々な無害な人々を殺し、逃亡した罪に問われており、これは刑法199条、殺人罪にあたる。」

「被告人、罪状に間違いはないか」

「はい、ありません。」

日本はそんなこと迄いちいち読み上げるんですか………というかそれが普通か。そんなことを思いながら頷く。

裁判なんて受けたことないから知らないんですよねぇ、何も。罪状なんてなんでもいいでしょう、死刑なんですから。

ふと横に目をやると、つく必要が全くなかった弁護人が緊張した面持ちで裁判官の方を見ていた。所詮、地方裁判所なんですから、緊張なんてする必要ないのに。

裁判官は無機質な口調で続ける。

「なお、被告人は自身に不利になるような内容は黙秘しても良い。」

それなら全部黙秘ですよ。

なんてことは言わず、素直に頷く。それを見た裁判官は満足そうに頷き、次に移った。

「被告人及び弁護士による罪状認否。被告人、メイ・アルファリオン、証言台へ。」

「はい」

前をしっかりと見つめて、証言台へと震える足を向ける。こんな時に震えるなんて、らしくもない。動揺しているんだ、きっと。

「君は殺人罪を認めるか?」

「えぇ。認めます。1000人も殺した、最悪の殺人鬼は全ての起訴内容を認めますとも、裁判官殿」

裁判所内がざわつく。

殺人鬼が認めた………?

否定すると思ったのに。

所詮人間。罪を軽くしようとしてんのか?

無駄なのになぁ。

そんな声まで聞こえてくる。言い返す気もなく、盛大にため息をついてやろうかと思っていると、見かねた裁判官がカンカン、と木槌の音を響かせた。

「静粛に。傍聴人、静粛に。」

しぃん、と水を打ったように静かになる。

凄いですねぇ、逆に尊敬しちゃいます。

ほぉ、と私が感心していると、裁判官は低く咳払いをし、仕切り直した。

「それでは、念の為、冒頭陳述を行います。被告人、戻りなさい。検察官、証言台へ」

呼ばれて出てきたのはまだ若そうな、キリッとした目を持つ検察官だった。その検察官は私を一瞥した後、直ぐに証言台へと向かった。一瞬その目にたじろぐ。私に向けられたその目は冷たく、まるで昔、母が私に向けていた瞳のようだった。
*******************
「それではこれより、被告人質問に入る。順番は弁護人、検察官の順に行う。」

「あー、ちょっといいですかねぇ」

「………被告人、私語は慎むように」

「そうなんですけど、この被告人質問、裁判官、検察官で行ってくれませんか?弁護人は別にいいので」

私が手を挙げ、起立して裁判官に申し出ると、裁判官は少しの間考えるような仕草をしてから「よろしい」と短く答える。弁護人も異論は無いようでこくりと頷いた。

では、こちらから質問をする。

裁判官はうつむき加減に言う。

「何故、人を殺した。1000人も」

「………親代わりの奴に殺せって言われたからですかね」

「親代わりの者とは誰だ?」

「…………黙秘」

「……では初めに行われた人定質問で述べていた、住所は不定、というのはどういうことだ」

「そりゃ殺人鬼ですから、一定の場所にいられませんからねぇ。寝泊まりは基本必要ありませんし」

「どういうことだ?」

「あ、黙秘で。」

「では、メイ・アルファリオン被告。暗殺者になった理由は?」

「……黙秘。」

「巫山戯んなよ!黙秘ばっか使ってんじゃねぇ!」

傍聴席から罵声が飛んでくる。傍聴席を見ると、目に涙をいっぱいに溜め込んだ男が立ち上がってこちらを睨んでいた。私は思わずため息をつく。

「お前のせいで………妹は……妹は……!!!」

「傍聴人静粛に。次同じようなことをした場合、退室させます。」

「チッ…………」

目頭を拭い、舌打ちをしてから椅子に座る。相変わらずその目は私への憎悪で溢れていた。
そんな目されてもねぇ………。というか、妹を殺せって言ったのは貴方でしょう?貴方が依頼者でしょう?

「…………つくづく勝手な奴ですね」

「被告人、何か物申したいことが?」

「いーえ。何もございませんよ」

大抵、暗殺闇討ちの依頼は家族から来る。理由は人それぞれ。介護に疲れたとか、些細なことで喧嘩をしたとか。

大金払ってまで、人、殺したいですかねぇ。

呆れたことの方がそりゃあ多いですよ。

「それでは検察官、被告人に何か質問は……」

本当に、面倒くさい。

早く、殺してくれればいいのに。

こんな茶番してないで。

早く殺してくれよ。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
そんなこんなで2年かけて一審であっさり有罪、2審、三審で死刑が決まった私は船で護送されていた。警官は行先は言わず、乗れ、とだけ言っていたけど、きっとあそこに送られるんだろう。

『リチャードの墓場』に。

リチャードの墓場とは重罪の刑を犯し、死刑を勧告された者のみが入る、死刑場。死刑囚のみしか入れず、全て監視はロボットが行っている。1日に1度、看守が見回りにくる。それ以外は来ない。情報はそれきり。内部からの情報を遮断されているんだろう。内部情報すら晒さないところを見ると、だいぶ危ない場所なんだな、としか分かりませんけど。

目隠しをされ、手に手錠をつけられ、足枷をつけられ。思い切りやばいやつの格好をしながら、リチャードの墓場へと送られる。最悪ですねぇ。見張りの警官、殺しちゃいましょうかね。嗚呼、ダメだ。それだと私が殺されなくなってしまうのか。

本当に腐った世の中ですねぇ。

そんなことをぽつりと零す。警官は気づかなかったのか、それとも返すのが面倒だったのか、何も言わなかった。

…………

…………………………

…………………………………………

しばらく経って。私は船から引きずり下ろされた。結構乱暴に扱われ、前へ前へと進んでいく。死刑囚とは言え、女なんですから、もう少し優しくして欲しいものです。

とある場所まで行ったところでようやく目隠しが外された。陽の光の眩しさに思わず目を細め、手錠のついてる手で目を覆い、見てみると、そこには物々しい雰囲気の看板と厳かな雰囲気の門が堂々と立っていた。看板にはフランス語で『Bienvenue dans le cimetière de Richard(ようこそ、リチャードの墓場へ)』と書かれている。

何がようこそですか。

さり気なく心の中で毒づきつつ、私は警官の判断を仰ぐ。警官は心無い瞳で私に告げる。

「今日からお前はここで過ごしてもらう。金目のものなどは全てこちらで没収した。勿論ナイフもな。だから脱獄しようなんて思うなよ」

「あー、はいはい。で、私の部屋は何処なんですか?」

警官の言葉を右から左へ受け流すと、警官は怒ったようにちっ、と舌打ちをしつつ、こっちだ、と言い、私の手錠を引っ張った。少し前のめりになり、転びそうになりつつ、警官へとついて行った。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「ここがお前の部屋だ」

「部屋って言っても監獄じゃあないですか」

「うるさい。ここのルールについてはこれを読んでおけ。じゃあな。」

そう言うと、警官は私の足元に紙束を落とし、足早に監獄の中から去っていった。べぇーと警官の後ろ姿に舌を出す。あーゆーのが1番うざいですよねぇ、なんでも上から目線っぽくて。すぐ殺したくなります。

そう思いつつ、私はもう一度監獄へと目を向けた。ぐるっと見回すとだいぶ広い。私ひとりで使うのだろうか。何にしても、部屋の設備的には完璧だ。

ベッドも腐りかけだろうけど一応あるし、本も外界がわからない本は一応隅っこの並んでる。机の上にあるパソコンもネットには繋がらないだろうけど、ゲームとかできるように設定してある。懐中電灯や、ラジオまである。本当に牢獄なのだろうか、と思うほどの設備だ。

服もいつの間にか、囚人服特有の白黒のワンピースに替わっていた。さすがにこれは女が替えてくれたのだろう。ヘッドフォンは首からかかっていて、1度電源をつけてみると、普通に読み込まれている音楽が爆音でヘッドフォンから流れた。

こんなに警備が手薄のところで大丈夫なのだろうか。

そんなことを思いつつ首を傾げていると、目の前の牢獄から場に似つかない、明るい少女らしき日本語の声が聞こえてきた。

「ねぇねぇ、お姉さん!」

私は黙々と部屋の物色を続ける。その子はその後も何度も何度もねぇねぇ、と執拗に誰かに声をかけている。やがて業を煮やしたのか、監獄中に聞こえる大声で叫んだ。

「おーねーさーん!目の前の監獄のお姉さんだよ!」

「……………もしかして、私の事言ってます?」

「あ、やっと返事した!うん、そうだよ」

振り返って訝しげに見てみると、私の向かいの監獄には15、6歳程度の小さな少女が私と同じような囚人服を着て、口元に笑みを浮かべて立っていた。私はその姿に愕然とする。私は思わず相手に伝わるように日本語で質問をする。

「貴方、学生じゃないんですか…」

質問しない訳がなかった。有り得ない。その歳なら犯罪を犯したって少年院行きだろう?なんでこんな所に……

少女はうーん、と考えるように指を顎に当てた後、にっこりと笑い、手を後ろで組んだ。

「分かんない!」

「はぁ?」

「分からないの。あたし、記憶が無いから!」

笑顔で返され、逆にこっちが戸惑う。記憶が無い?少年院行き確定じゃあないか。間違ってここに来たのか?というか……

「あんた、その目、なんですか」

「お、貴方からあんたに変わったね!少し慣れてきてくれたのかな?……ええっと、これはねぇ、布だよ」

「そりゃ見たら分かりますよ」

「え?じゃあなんで質問したの?」

質問に質問で返された。そりゃあ質問するでしょうよ、そんな1つ目の布を両目を覆うように付けていたら。その1つ目は動くようでキョロキョロと周りを見回していた。奇妙極まりない。

私が思わず後ずさると、彼女は気づいたのか気づいていないのか、前に1歩踏み出し、檻の間から手を差し出してきた。
< 2 / 3 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop