恋は、秘密主義につき。
就業時間は、朝の9時から夕方5時半まで。あともう30分ほどで、今日も無事に一日が終わるなぁって、どことなく緊張も解けてきた頃。
到着音と共に扉を開いたエレベーターから、ID付きの社員証を首から下げたスーツ姿の男性が三人降りてきた。

「お帰りなさいませ」

鞄を片手に先頭を歩いてきた、銀縁眼鏡の細面の男性にそう声を掛けてにっこりと挨拶。

「ああ。お疲れ様」

クールな表情でこっちを一瞥した彼は、そのまま通り過ぎるかと思ったら。

「・・・楠田君、ちょっと」

眼鏡のブリッジに手をやり、おもむろな口調で。

「美玲、ここは大丈夫だから。・・・行ってきたら?」

隣りの一実ちゃんが声を潜め、目で合図を送ってくれる。

「じゃあ、ちょっと外しますね」

こちらも目で謝りつつ、眼鏡の男性についてセキュリティドアを抜け、オフィスの方へ。パーティションで仕切られた共用のミーティングルームのドアを開いた彼が、中に入るよう私を促した。

後ろ手でパタリと閉められたドア。目の前のその人は、眼鏡の奥からただじっと私を見つめる。次の瞬間。

「美玲~~っっ、会いたかったぁっ!」

それなりに端正な顔立ちが残念なくらい情けなく崩れて、遠慮なしに抱き付かれた。

「・・・たぁ君、会社ですってば」

子供をあやすように大の男の背中をポンポンと撫でて、落ち着かせてあげる。
今日は、レーベン本社での定例会議で朝から顔を合わせていなかった。
たぁ君いわく、一日一定時間、私の顔を見ないと血中濃度が下がるんだとかなんとか。

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