そのままの君が好き〜その恋の行方〜
そして、まんじりとも出来ない夜を過ごした私。夏の夜明けは早い。白々と明けて来たのを感じた私は、思わずケットを頭から被ってしまった。


(仕事なんか、行きたくない!)


だけど、そんなことが許されるはずもなく、私はヨロヨロとベッドから降り立つ。


シャワーを浴び、全く食欲のない中、トーストをコーヒーで流し込むと、私は立ち上がった。


明らかに様子のおかしい娘を、心配そうに見送る母親の視線を背中に感じながら、私は家を出た。


和樹さんからの連絡は、あれから何もない。まぁ、そんな余裕もないのだろう。


平静を装い、勤務に就く。今の私に出来ることは、他に何もなかった。とにかく忙しく午前中が過ぎていったのが、今の私には有難かった。


昼休みになり、携帯を確認すると、和樹さんからメールが入っていた。


『昨日はすまなかった。今夜、ゆっくり話がしたい。忙しいのは、承知しているけど、こちらは何時になっても構わない。時間を貰えないだろうか?』


もちろん、今のままではどうしようもない。正直、現実を知るのが怖いという気持ちはあるけど、と言って、逃げ回っていても、何も先は見えて来ない。


『お疲れ様です。現時点で、何時に退庁出来るかは、全くわかりません。目途が立ち次第、連絡するで、構いませんか?』


そう返信すると、すぐにリターンが来た。


『もちろんだよ。そっちの状況はわかってるから、無理はしないでくれ。俺は終わり次第、本省の近くで待機してる。』


『わかりました。では、また連絡します。』


メールの文章が、かつてのように敬語になってしまっていることに、自分でも気づいてなかった。


昼休みの間は、何やかにや考えてしまって、嫌になるが、業務に入ってしまえば、やることに追われてしまい、かえって楽だ。だけど


「どうした、桜井。今日はらしくもなく、苛立ってて、何かあったのか?」


と課長にたしなめるように言われてしまい、やはり平常心ではいられてないんだと、反省させられた。


結局、今の自分に見切りを付けて、退庁したのは8時を少し回った頃だった。


「加奈。」


人目に付きにくい裏門で、待ち合わせをしていた私達は、ぎこちない雰囲気で向かい合う。


「お疲れ。思ったより早かったな。」


「諦めました。こんな心理状態で、これ以上やってても無駄だと思って。」


その私の言葉を聞いて、和樹さんの表情が、わずかに歪む。


「そうか・・・。じゃ、少し落ち着いた所で話そう。」


「いえ、今はそんな気分にはなれません。よかったら、ここで話しましょう。」


そうキッパリとした口調で言った私を、一瞬息を飲むように見た和樹さんは


「じゃ、そうさせてもらうよ。」


と頷いた。
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