そのままの君が好き〜その恋の行方〜
「絵里ちゃんはどうしてます?」


私にいきなり、そう尋ねられた和樹さんは一瞬驚いたようだったが


「嫁さんにベッタリくっついているよ。昨夜は、アイツが寝かしつけたんだが、寝てからもアイツの洋服の裾をしっかり掴んでてな。今朝も頑として、保育園に行くのは嫌だと言って聞かなかった。よっぽど寂しい思いをしてたんだろう。可哀想なことをした。」


と答えると、表情を曇らせた。


「そう、ですか・・・。」


私はポツンと言う。それっきり、2人の間に沈黙が流れる。重苦しい時間が続いたが、それを振り払うように、和樹さんが口を開いた。


「加奈、君にも辛い思いをさせた。すまなかった。絵里を寝かしつけてから、アイツと話した。話の内容はほぼ予想通り、俺の出張が続いて寂しくて、つい出来心で出会い系サイトに登録してしまった。そこで知り合った男と何回か会ってるうちに、深い仲になって、相手にそそのかされて、駆け落ち同然に家を出た。」


「・・・。」


「しかし、その日の内に後悔して、戻ろうとしたけど、相手の束縛が強くて逃げられなかった。でも絵里の誕生日には、なんとしても戻って来たかったから、必死になって、やっと逃げて来たって。あなたと絵里には、本当に申し訳ないことをした、後悔してます。2人には一生掛けて償います、あなたに一生尽くしますから、どうかお許し下さいって、土下座されたよ。」


「・・・。」


「許せるわけ、ねぇだろ。ノコノコ戻って来たのは、相手に捨てられたからで、それが絵里の誕生日だったのは、単なる偶然に過ぎない。後悔してるって、どの面下げて言えるんだよ。本当に後悔するなら、その前に、何度も機会があっただろうよ。」


そう吐き捨てるように、話していた和樹さんは、私が悲しそうな表情で、自分を見つめていることに気づくと、慌てたように言った。


「ごめん。こんな話、君に聞かせちゃいけなかったよな。許してくれ。」


「・・・。」


「とにかく俺は嫁さんとは離婚一択。妻としても、娘の母親としても、絶対に許すことは出来ない。今日はどうしても君と話さなくちゃいけないから、仕方なくアイツに絵里の面倒見させてるが、明日には実家に帰す。親権はこちらで取る。男にたぶらかされて、夜遅くに、娘を置き去りにして、出て行くような奴には、絶対に娘は渡せない。」


そう言い切った和樹さんの顔を、私は少し眺めていたけど、ポツンと言った。


「信じて、いいんですよね、その言葉・・・。」


前にも1度、聞いたことがあった。その時と同じように、和樹さんは頷いた。


「もちろんだよ、約束する。」


そう言うと、和樹さんは私の身体を抱き寄せる。もちろん抗いはしなかったけど、私は彼の身体を抱き返すことは出来なかった。


真夏の夜は、汗ばむほどの暑さなのに、私の心の中には、寒風が吹きずさんでいた。
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