そのままの君が好き〜その恋の行方〜
「近藤和樹さんですね?」


「ええ・・・。失礼ですが、どちら様ですか?」


突然、自分の前に立ちはだかるように現れた男に、近藤は当然、警戒の色を浮かべる。


「沖田総一郎と言います、初めまして。」


そう自己紹介して、俺は会社の名刺を差し出した。


「沖田・・・。」


俺の名刺を見て、ポツリとそう呟いた近藤は、視線を戻した。


「A社の方が、僕に何のご用件ですか?」


「当然ビジネスの話じゃない。話したいのは・・・桜井加奈さんのことです。」


俺がそう言うと、近藤は驚いたように、目を見開いた。


「妻子あるあなたが、何故桜井さんを誘惑して、そして弊履のように捨てたのか、その理由が知りたい。」


そう言うと、俺は真っ直ぐに近藤を見据える。


「君は加奈の、・・・いや加奈さんの何なんだ?」


「元クラスメイト、あんたにそう聞かれれば、俺はこう答えるしかない。だけど、彼女は俺にとっては・・・大切な人なんだ。」


その俺の言葉に、近藤は一瞬視線を逸らす。


「その大切な人を、あんたは弄び、傷付けた。許せない・・・絶対に許せない。」


「待て、俺は彼女を選ぼうとした。だけど、彼女が受け入れてくれなかったんだ。」


「その程度の覚悟で、あんたはあんな純粋な人を、たぶらかして、抱いたのか!」


次の瞬間、俺は近藤の胸倉を掴んでいた。奴の顔が近くなり、俺の理性が飛んだ。俺は近藤を殴ろうと、確かに拳を振り上げた。しかし近藤に避けられ、俺の右ひじが、奴の肩に当たる形になり、近藤は後ろに尻餅をつくように倒れ込んだ。


「キャ-。」


どこからか悲鳴が聞こえた。ここは人通りはそんなに多くなかったが、公道。何事かと人が集まって来る。我に返った俺は、倒れ込んで自分を見上げている近藤の姿を呆然と見つめていた。


少し経つと、通報を受けたのだろう。警官が数名駆け付けて来た。俺は有無を言わさずに、近くの派出所に連行されてしまった。


警官の取り調べに俺は素直に応じていた。公衆の面前で、俺が人に暴力をふるった現実はもうどうにもならなかった。


調書を取られ、俺が観念して座っていると、別の警官が入って来て、俺を取り調べていた警官となにやら話していたが、やがて言った。


「帰っていいぞ。」


「えっ?」


「被害者が被害届を出さないと言い張ってるそうだ。ケガもしてないし、不可抗力だから、こんな大袈裟にされて、かえって迷惑だって。目撃者の証言を聞く限りはとても不可抗力とは思えんのだが。」


そう言って苦笑いする警官。


「暴行罪は親告罪じゃないから、それでも立件は出来るが、実際は被害届がないと、まぁいろいろ難しい。被害者に感謝するんだな。」


「・・・。」


「何があったかは、もう聞かんが、あんたもまだ若いんだ。短気は損気、今後は気を付けなさい。」


笑顔を浮かべて、そう言って、俺の肩を叩いた警官の顔を、俺は言葉もなく見つめていた。
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