残念少女は今ドキ王子に興味ありません

さんじゅういち

 最初にそれを見つけたのは、春休み中の日曜日だった。

「花見に行こう!」

 と言いだした父の運転する車で、ゲームしたいから行かねーと言う弟をムリヤリ乗せて、結構郊外の方までドライブした、その帰り道。
 トイレを借りるついでに入ったコンビニで、飲み物とかを物色していた時だ。

「ちょっとちょっと、静流!これこれ!」

 お母さんに呼ばれて見に行った、アイランド型チルドケースの一角に、“春の新作!”というポップと共に置かれていたのがそれだった。

 ぷるぷるの生地に、きな粉と黒蜜をたっぷり絡めて、口に入れるとホロリと溶ける。

 ああ―――なんという至福!

 あまりの美味しさにまたすぐ食べたくなって、家の近所にある同じチェーンのお店に買いに行ったんだけど、何でだか、影も形も無かった。

 そういや、期間限定って書いてあったかも?
 いやいや、そんな直ぐに無くなる訳ないじゃん?

 自問自答という名の一人ボケつっこみしつつ、あちらこちらのお店に立ち寄るという事を繰り返し、そしてようやく、発見したのがその店だった。

 いつものようにレジ前を通って、店の奥にあるチルド商品の陳列棚に行くと、まだ棚出し中らしく、調理パンなんかが入ったままのコンテナが横に積んであった。
 スウィーツの棚を見ると、やっぱり、無い。
 それでも諦めきれなくて、平たいコンテナを覗き込んだ、その時だ。

 私の目が、コンテナの片隅にちょこんと乗せられていた、あの、“黒蜜きな粉のわらび餅”をとらえたのは!

 はうあ―――っっ!!!

 と、叫ばなかっただけ、自分を褒めてやりたい。
 でも、嬉しい!やっと逢えた!!!

 アル中と勘違いされないように、喜びに震える手を胸の前で硬くギュッと握りしめながら、コンテナ近くで棚出し作業中の店員さんに声をかけた。

「あの、この…これ、取らせてもらっても、いいですか?」

 自分でもどうかと思うぐらい、声が上擦ってたと思う。
 1オクターブ位、いつもより声が高かったかも。
 でも顔を上げた店員さんは、そんな挙動不審な私に、快く頷いてくれたのだ。

 っしゃ―――!!!

 と叫ぶ代わりに、ニッコリと微笑んで、お礼を言った。

「ありがとうございます。」

 それは恐らく、自分史上最高ランクの笑顔だったに違いなかった―――




「それから毎日のように来てただろ?よっぽど好きなんだなって思ってさ…」

 そう言って、ニッコリと微笑む顔は、さっきと変わらず穏やかで。でも、それがかえって怖い気がするのはなんでだろう。
 さっきから、心臓がバクバクと激しくて、息苦しさを堪えるようにゴクリと唾を飲み込んだ。

「ずっと待ってたんだよ?君が来る時間に合わせて棚に出してさ。」

 す、すみません?
 いや、ありがとうございます?

 どっちにしても声が出ない私の前で、清水さんはもう一口コーヒーを飲んでから、膝に腕を置いて身を乗り出した。

「ゴールデンウィークはさ、しょうがないよね?でも、その後も来なかったのは何で?」
「そ、れは…」
「俺の事がキモくなった?」
「へっ…」

 意味が分からず瞬くと、清水さんが口許を歪めた。

「まあ、別に?キモいとか言われんの、初めてじゃ無いし。」
「えっ、いや、別にそんな…」

 慌てて否定しながら、手を顔の前で振る。
 行かなくなったのは単純に、必要が無くなったからだ。

 ゴールデンウィーク中に、当然と言うか、私は“禁断症状”に陥った。何しろ、今年のゴールデンウィークは春休み並みに長かったから。

 タベタイ、クロミツキナコ、タベタイ…

 虚ろな顔してたと思う。
 意味も無く部屋の中をウロウロしてたし。
 行こうかどうしようか。でも行くとしたら、ICカードにチャージしないといけないし…でも食べたい~。

 で、結局私は食欲に負けた―――のだけど。

 ICカードは通学用だから、お母さんに頼んでお金貰うべく事情を話すと、呆れたように言われたのだ。「そんなに食べたいんなら、近所の店に入れてもらえばいいじゃない?」と。

 商品の注文はその店毎にやってるから、頼めば入れてもらえると聞いて、私のあの苦労は一体…て、遠い目になったんだよね…。
 だから、この人とは関係ない。
 ていうか、そもそも、取り置きしてくれてたなんて知らなかったし。

 そう言おうとして、身を乗り出した時、不意に瞼が重くなった。スーッと糸を引くように、意識毎持って行かれそうになって、慌てて瞬く。
 えっ、何、これ?
 その様子を見た清水さんが笑う。いや、嗤う?
 こっちを見る目が、なんか、おかしい。

「これでもね、反省したんだよ。俺が君に会いたくて、スレ立ち上げてさ、そのせいで、なんかヘンなヤツら釣れちゃって。」

 そう言って、少し遠い目をする。
 何となくそんな気はしたけど、、あの“黒蜜きな粉の彼女”、この人だったんだ。
 思わずまじまじと見ていると、清水さんが視線を戻してきたから、反射的に身体がビクッと揺れて、それを見て清水さんがまた嗤った。

「結局、“みてくれ”なんだな。」
「…え?」

 何の事ですか?とは聞けなかった。又しても強烈な眠気に襲われたからだ。おかしい、何これ?

「俺はほら、地味で暗いから、女の子に話しかけるとか、結構勇気いるんだよ?でも、あの“黒蜜”、販売終了って知らせが店に入ったから、教えてあげなきゃって。それで君を探して、声かけたのに、無視ってさ…」
「そ、れは…」

 違うんです!たぶん、イヤホンしてて気付かなかっただけなんです!って、言いたいのに!!
 ヤバい、本気で目が瞑りそう。 
 襲い来る眠気と戦うように、必死で瞬きをする私を見て、清水さんがクスリと嗤った。

「流石の“王子”もここまでは来れないだろうねぇ…。格好良かったよね?ホームに飛び降りて、抱っこして。あれ?やっぱキュンってなった?」

 なるかぁ!!
 心の中で反論の雄叫びを上げる。
 ていうか、あの黒歴史、どんだけ拡散してんの?!

「今日の彼も、モテそうな顔してたよね、手えつないじゃって、ホント……腹立つっっ」

 吐き捨てるように言って、清水さんが立ち上がった。
 ローテーブルを回って来るのを見て、こっちも立ち上がる。
 でも、リビングの扉に向かおうと踏み出した足に、力が入らなかった。かくん、と膝が折れて、その場に倒れ込む。

「だいぶ効いてきたね。」

 きいてきたって、え、まさか、さっきのコーヒー?!
 ギョッとして上向くと、清水さんが直ぐ近くに立って、私を見下ろしていた。

「ホントはね、見てるだけで良かったんだ。ベンチで本読みながらにこにこしてるとことか、芝生で白詰め草摘んで冠作ってるとことか、買ってきた炭酸吹いちゃって焦ってるとことかさ…」

 どんだけ―――っっっ?!

 ちょっとマジで勘弁して下さいっっっ!!!
 恥ずかしすぎて涙目になっちゃうんですけど?!

 心の中で悶えている私を見て、清水さんが目を細めた。

「ずっと待ってたのに……昨日も、待ってたのに…」

 頭の中に、有名なあの歌詞が流れる。
 一歩、清水さんが近付く。
 座ったままで、ズリズリと後退るけど、またしても眠気が襲ってくる。

 やばい、これはマジでヤバイやつだ!!!
 現代日本では犯罪になるヤツ!!

 緊張がマックスまで高まった、その時。




 ―――ピンポーン…




 玄関のインターフォンが鳴り響いた。
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