残念少女は今ドキ王子に興味ありません

Other than ③

 その日は朝からソワソワしてた。

 家を出る前に言われたからだ。
 学校でチョコもらっても、家帰るまで食べないのよ!と。
 そういや、毎年何かもらってたな。ひなから。

『あたしとシズルからだよ。』

 てことは、今年はシズルが持ってくるんだろうか。
 そう思ったら、何かドキドキした。

 帰り際に5,6年生の先輩達からもらったチョコを家でちょっとだけ食べてから、着替えて練習の為に学校へ戻る。
 練習は学年もチームも関係なく全員一緒だったからシズルも当然いて、そんなかでも、今日はやけに視界に入ってくるなと思いながら、いつもより必死にメニューをこなした。
 コーチが日曜日の紅白戦の話してる間も、早く終われとそればっか願いながら。
 なのに、練習が終わるとすぐ、着替えもせずにシズルは帰ろうとしてたから、慌てて後を追っかけた。

「シズルっっ」

 振り向いたシズルは、こっちを見て驚いたように目を大きく見開いた。
 シズルは日に焼けて色黒だったし、髪も短いけど、目は割と大きくて、睫毛が長い。よく男に間違えられるって言ってるけど、全然男には見えなかった。

 てか、こんな顔してたっけ?
 真っ正面から顔見たの、どのぐらい振りだろう。

 何となく顔見れなくて、無意識に顔を背けた。
 「ん」とだけ言って、手を出す。

「…? 何?」

 シズルが首を傾げた。
 あれ、チョコは?明日バレンタインだろ?
 するとシズルが呆れた顔になった。

「無いよ。“ひな”じゃないんだから。」
「ええ~っ」

 思わず叫んでた。
 楽しみにしてたのに!と思わず言ったら、シズルが今度は困り顔になる。どうやらあれは“ひな”が1人で作って、勝手に配ってただけだったらしい。

「シズルは作れねぇの?」
「…作れなくは、ない、けど…」
「! じゃあ、ちょーだいっ!」

 食い気味に言ったら、シズルが一瞬、固まった。

 あれ、だめ?

 するとシズルが、ふっ、と笑った。
 しょうがないなぁ…と、口にした訳じゃないけど、そう言ったみたいな。
 へにょり、と眉を下げたその顔は、ゴールが決まった瞬間に見せるヤッター!!てのじゃ無くって。

 何かふわっと、ていうか、そんなカンジで、何でかわかんないけど、ドキッとした。

「わかった、いいよ。」

 でも、日曜日でいい?と聞かれたけど、正直、あんま聞こえてなかった。うんって、言ったとは思う。
 そのまま背中を向けたシズルを見送ってたら、後ろから背中をどつかれて、ハッとなった。
 振り向くと、何でか4年が全員集まってる。
 多分、チョコ期待してたんだと思う。

「何だよ~、シズルはチョコ作ってなかったんじゃん。」
「ひなに作らせて、デカい顔してたってか。」
「まあ、シズルに手作りとか無理っぽいよな~」

 言えた~っと大笑いするヤツらにムッとする。

「今、作れるって言ってただろ。」
「言っただけじゃん?ぜーったい無理!」
「多分、食ったら腹こわす!」

 こえ~っっと言った河田に、ほぼ全員が笑った。
 確かにシズルが食べ物作るトコなんて、想像はつかないけど。そう思ってたら、トーゴがニヤニヤ笑いながら言った。

「賭けねぇ?」
「賭け?」
「シズルがチョコ作ってくるかどうか。俺はゴメン無理って言ってくると思う。」
「あ、俺も俺も!」

 俺も~って、声ばっかで、スゲー腹立つ。
 そもそも、お前らの分なんか頼んでねぇのに。

「大地は?作ってくる方?」
「は?」
「作ってきたら食えよ?真っ黒焦げでも!」
「そーそー、歯ぁガキッてなってもな!」
「ちょっ、何で」
「だって、全員“作らない”じゃ、賭けになんねぇじゃん!」

 そう言って、また大笑いする。
 歯ぁガキッて、食えねぇじゃん…どんなんだよ?
 流石に不安になった。

 そして結局、帰り道でも、トーゴ達に色々吹き込まれた。

 チョコは焦げ茶色だから、焦げてても食ってみないとわかんないとか。とーさんが腹こわしてトイレに籠もった時スゴかったとか。

 そのせいで、日曜日には、シズルが作って来なかったらいいのに…と思うようになってた。自分から頼んだのに。

 なのにシズルは、律儀に作ってきた。
 シズルの性格なら、それは当然の事で。
 せめて2人っきりの時にすりゃ良かったのに、全員が集合してる所で、“それ”を渡してきた。
 まあまあの大きさの紙袋。4年全員分なのが一目でわかって、俺は固まった。途端、

 “ぶっ、ぶ―――っっ!!!”

 背後で大げさに吹き出したのは誰だったのか。
 それを合図に、近くにいたほぼ全員が笑い出した。

「ウケる~っっ、マジで作ってきた!」
「一応、女子ですってか?!」
「大地~、お前が言い出したんだから、責任持って全部食えよ!」

 皆の声に、頭ん中が真っ白になる。
 次の瞬間、カッ―――と顔が熱くなった。

「何でだよっっ!! 俺1人で全部とかっ、罰ゲームじゃねぇんだからっっ!!」

 気が付いたら叫んでた。
 それで、トーゴ達も調子ん乗った。
 色々、酷いこと言ってた、と思う。
 でも、全然記憶に残ってない。

 気が付いたら、親とか、コーチとかやって来て、頭べしって叩かれた。シズルのお母さんがスゴイ顔で、ウチの親とかがペコペコ謝ってて、でも。

 シズルは、泣かなかった。

 元々ひなみたいに常時ニコニコしてるヤツじゃなかったけど、その時は完全にムヒョージョーで。
 そして、何も言わなかった。

 フツー、女子だったら泣くんじゃね?
 後でトーゴが言ってた。

 だから、そのまま。
 一応、コーチに言われるまま、すんませんでしたっっと全員一列でシズルに頭は下げたけど。

 シズルはやっぱり、何も言わないまま、そしてムヒョージョーのまま、紅白戦の試合が始まった。

 やっぱり、センターで、バック。
 いつもの通り、全体を見ながら、ピッチに立ってた。
 いつもの通り、だと、多分誰もが思ってた。

 ゼロゼロのまま、前半が終わろうとしていた、その時だった。

 大きく蹴り上げられたボールが、シズルの所に落ちて。
 いつものシズルだったら、大っきくワンバンしたそれを、上手く胸でトラップしてたに違いない。

 でも、そのボールは、胸より上。

 シズルの“顔”を直撃した。

 普段だったら笑うとこだ。でも、誰も笑えなかった。
 見てた親達がハッと息を呑んで、シズルが顔を押さえて蹲るのを見た先輩が、ボールを外に蹴り出した。

 ベンチに戻ってきたシズルに、シズルの母さんがタオルを渡して、シズルが顔を押さえる。
 鼻血出たんじゃ…と思って近くに言ったら、シズルの母さんに睨まれて、それ以上近付けなくなった。
 シズルはそのまま、交代して家に帰った。

 そしてそのまま、クラブを辞めた。


 その話を聞いて直ぐ、シズルの所に行った。

 だって知ってたから。
 シズルが、サッカーすんの好きだって事を。

 でも、廊下歩いてたシズルを見つけて、声をかけた時。
 振り向いたシズルの顔を見て、何も言えなくなった。

 シズルはあの時と同じムヒョージョーだった。
 何も言えない俺を、ちょっとの間、黙ったまんま見て。
 そのまま、何にも言わずに背中を向けた。

 なんかが胸ん中で膨らんで、大きく息を吸ったけど、それはなかなか治まらなくて。そしてそれは、そのままずっと、自分の中に残り続けてた。


 ―――もし、と思う。

 もし、あの時。
 シズルが泣いていたら。

 そしたら、土下座して謝り倒してた。

 ゴメン、悪かった!
 全部食うから、だから、

 また、あの時みたいに―――



 許してもらうチャンスを逃したんだと、気付いたときには遅かった。

 シズルは中学も学区外に行った。
 卒業式でそれを知って、何でって、聞こうと思ったけど、ダメだった。
 呼びかけて、振り向いたシズルは。

 髪が伸びて、色も白くなって、でもシズルだったのに。

 やっぱり、同じ顔で言った。

 “どうでもいい”―――って。

 言われて泣きそうんなった。
 パシンッて、シャットダウンされたみたいな、そんなカンジで。


 ギュッと握ってから、手の平を開く。
 考えてみたら、シズルの手を握った事、無かったな。

 小っこくて、細くって。
 柔らかかった。

 思い出して、また、ギュッと手を握りしめた、その時。


 ジリリリリーンッッッ

 けたたましい音が鳴り響く。
 着メロのいいのが思いつかなくて、“昔懐かし黒電話”にしてるけど、やっぱ代えた方がいいかも。

 そんな事を思いながら、取り出したスマホに表示された文字は、“シノ”。

 さっきのメッセージ読んだんだな。
 内心ほくそ笑みながら、通話をタップする。


『ちょっとアンタ、ウチの子どうしたの?!』


 一瞬、頭が真っ白になった。
< 33 / 39 >

この作品をシェア

pagetop