一途な敏腕弁護士と甘々な偽装婚約

***

 その日、久々に晴正さんは早い時間に帰宅した。しかし、その顔は固い。何か困った案件を抱えていただろうか? 瞬時に彼の今のペンディング案件を思い浮かべるが、それほど難航したものはないように思えた。どうしたのだろう。

 晴正さんは、着替えもせずに、リビングのソファに座った。そして、私にも座るよう促す。

「美月は俺に隠してること、ある?」
「?!」

 ついにこの日が来てしまった。

 オタクであることが、バレたに違いない。晴正さんにとって、オタクであることは許し難いことだったのかもしれない。それよりも、隠し事をしていたことに腹を立てているのかも。

「……あ、あります」

 消え入るような声でそう答えると、彼は一瞬驚いた顔をして、そうしてとても悲痛な表情へと変わった。

「この生活、実は嫌なんじゃない? 無理してるよね?」

 オタク生活を隠しながらイベントやガチャをしていたことまで、バレてしまったのだろうか。確かに、晴正さんに隠れてイベントをこなすのは難しい。ガチャの時間に間に合わないこともある。
 だけど、最近は晴正さんとの時間の方が大切な時間になっていた。決して無理はしていないつもりだ。

「いえ! あの、時間は選んでますし、家事はちゃんと出来てます! 嫌じゃないです!」
「でも俺より会いたいやつがいるんだろ?」
「そんなことありません!」

 言い方がまずかっただろうか。晴正さんが、とても傷ついた顔をしている。どうしよう。

「それは、俺がお見合いの危機から救ったから? 事務所の弁護士だから?」
「え?」
「イケメンの方が良いんじゃないの?」
「イケメンでも、疑似恋愛みたいなもので……、本物ではなくて……えっと、その……」

 どう説明したらいいか分からない。突然のことで気が動転している。うまく口が回らない。

「俺は、嘘は、嫌だ」
「!!」

 晴正さんは、今にも泣きそうな顔をしている。そんなに嘘が嫌いだったのか。だとしたら、本当に私は、ここにいるべきではない。

「……晴正さんは、お見合いしたかったですか?」
「え?」
「父に、お見合いを勧められていたんでしょう? お見合いしたかったですか?」
「したかったよ」

 苦しそうにそう言った晴正さんは、「ちょっと頭冷やしてくる」と言って、また外出していった。
 そしてそのまま、その日は、晴正さんは帰ってこなかった。

 きっと後悔しているのだろう。
 オタクだからって拒絶するような人ではない。わたしが隠し事をしていたことが、受け入れられないのだろう。
 お見合いしたかったと告げた晴正さんは、とても苦しそうだった。

 ならば、私は、身を引かなくちゃ。

 翌朝、泣きながら荷造りをして、私は晴正さんと暮らしたマンションを後にした。
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