一途な敏腕弁護士と甘々な偽装婚約
「ちょっと、西園寺先生、顔貸してくれる?」

 ものすごい怒った形相の愛海さんに呼び出されたのは、初めて美月が有給を取ったその日の夕方だった。
 連れていかれたのは、奈良崎の執務部屋。人払いをしてあるのか、愛海さんと俺、奈良崎の三人しかいない。

「えーっと、愛海ちゃんが、大変お怒りです。お前何したの?」
「……美月に、隠し事をしているか聞いたら、あっさり『隠し事はある』って認めて……受け入れられなくて、昨日は事務所に泊まった」
「隠し事が何かまでは、聞かなかったの?」
「昨日、奈良崎と、若い男と美月が一緒にいるところを見かけたんだ。決定的なことは……聞きたくなくて、聞いてない」

 はぁとため息が聞こえた。自分がヘタレなのは自覚している。

「バッカじゃないの?!」

 美人の怒り顔は迫力がすごい。

「西園寺先生がそんなに馬鹿だと思わなかった! 美月は何て言ってたのよ? ちゃんと、美月の言葉を聞きなさい! 自分の気持ちだって、ちゃんと伝えずに、相手が全部悪いみたいに言わないで!! 美月を傷つけたんだから許さないわよ!!」

 美月の言葉……確かに、彼女の口から、あの若い男のことは、はっきりと聞いていない。
『イケメンでも、疑似恋愛みたいなもので……、本物ではなくて……』

「イケメンだけど、疑似恋愛で、本物じゃないって、言ってた……」

「それだけじゃ、意味が分からないでしょ? それが何を(・・)指して言ってたのか、その若い子は誰なのか、ちゃんと聞いてきなさいよ! それでちゃんと、しっかりプロポーズしなさい!! じゃないと弁護士バッジ海に捨ててやるからっ!!!」

「俺も愛海ちゃんに大賛成。当たって砕けたら慰めてやるけど、お前はまだ、何もしてないんじゃない?」

 確かにその通りだ。このままだと、彼女は職場にも家にも居づらいに違いない。きちんと彼女の話を聞いてみなければ。もし、あの若い男と恋人関係にあったとしても、俺を選んでもらえるように、言葉を尽くそう。

「……ありがとう。目が覚めた。昨日、美月が若い男といたのが、本当にショックで、気が動転してたんだと思う。もう一度美月と話してみるよ」
「また、泣かしたら、本当次はないから。許さないから」
「はい」
「愛海ちゃんは有言実行のかっこいい女だから」
「はい」

 俺は二人に感謝して、美月と話し合うべく急いで帰宅した。


 だが、そこに美月はいなかった。

< 131 / 142 >

この作品をシェア

pagetop