legal office(法律事務所)に恋の罠
「今朝の夢谷弁護士は、柔らかいというか・・・色気が滲み出てますね」

電話対応を終えた奏の横で、書類を持った社長秘書の松尾が、パーティションの向こうの和奏を眺めて目を細めた。

「なんだ?セクハラだぞ」

松尾は奏の父の代からの社長秘書で、58歳の妻子持ち。

孫もいるので、和奏をものにしようという気がないのはわかっている。

奏はからかうようにそう言った。

「昨夜、夢谷弁護士は夜遅くにホテルにチェックインされ、隣には随分とイケメンの男性が居合わせたとか」

「なんだ、随分と情報が早いな」

別に、昨日仕事のために和奏の部屋を準備したことを隠しているわけではないが、あのフロントの主任が話したのだろうか?

「いえ、主任が話したのではありませんよ。私が毎日フロントの監視カメラに異常はないかチェックするのを日課にしているから気づいただけです」

ニヤリと笑う松尾は、奏の考えを見透かしたように言った。

松尾は、このところの奏らしからぬ行動の意味を知っている。

遅すぎる本気の恋に、仕事以上に全力でのぞむ奏。

どうせ、強引に自分のテリトリーに引き込んだくらいに思っているのだろう。

「親父とお袋にはまだ言っていないが、彼女とは結婚するつもりでいる」

「社長の片想いではなくなった、ということですか?」

「そうとも言えるが、まだ公表できない事情があるんだ」

奏は、将生と宇津井が、和奏をつけ狙っていることを松尾に話した。

「ホテルのスタッフに公表していないとはいえ、仲川と宇津井にはすでに宣戦布告している。どんな攻撃を仕掛けてくるかわからないから、松尾も警戒しておいて欲しい」

松尾は真面目な顔で頷くと、奏に缶コーヒーを差し出した。

「それにしても、結婚どころか、まともに彼女すら作ろうとしなかった奏くんは、どんな女性なら満足するのかと思っていたけど、あそこまで完璧な女性とはね」

「和奏は、完璧なだけじゃない。強そうなのに、男の庇護欲をくすぐる貴重な存在なんだ」

「それは、それは。私も迂闊に近づいてはいけませんね」

「許可なく近づくなよ」

「守れと言ったり、近づくなと言ったり、思春期か!」

昔から知る少年の面影を残した言動に、松尾は笑って呟いた。

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