legal office(法律事務所)に恋の罠
数日後のホテル内。

沈丁花の花が咲き誇るHotel Blooming東京の展示室に甘い花の匂いが充満している。

その月の花を展示するこのブースはお客様からも人気で、和奏も癒しが欲しいときにはここを訪れるようにしている。

「和奏」

沈丁花の花に顔を近づけて匂いを嗅ぐ和奏に声をかけたのは、

「小池くん」

大学の2年間を共に過ごした、初恋の・・・戦友だった。

「おめでとう。宇津井に勝ったんだってね」

「私の手柄じゃないわ。全部、庄太郎叔父さんと奏さんのお陰だもの」

「そんなことはない。毅然とした和奏の態度があいつの付け入る隙をなくしたんだ」

小池は和奏の隣に並ぶと、首を傾げて愛らしく言った。

「沈丁花の花言葉は、"勝利""栄光"。桜坂CEOと和奏にふさわしい花だね」

ふふふ、と笑って、和奏は壁際に置いていた包みに手を伸ばす。

「小池くんに渡したい物があるの」

「これは・・・。苺?」

和奏が小池に渡したのは、そう、苺の鉢植えだった。

「苺の花言葉は、"幸福な家庭""尊情と愛情"。
綾さんと素敵な家庭を築いてね」

そう微笑む和奏は、小池と初めて出会ったあの桜の下にいた、天使のような和奏だった。


「これから結婚式でしょう?新郎がこんなところで油を売っていていいの?」

「綾が、君に会ってこいって。弁護士執務室に行ったら奏さんがここを教えてくれたんだ」

四月末の土曜日。

和奏はホテルから海外顧客とのトラブルが起こったと連絡が入り、朝から出勤していたのだ。

今日は昼から小池と綾の結婚式が46階の海に面したチャペルで執り行われる予定だ。

前日からこのホテルに宿泊していた小池は、結婚式を前に和奏に会ってこいと綾に言われたそうだ。

一週間前、このホテルのウェディングブースで再会した時にはほとんど話ができなかった。

今はあの時抱えていた憂いも、迷いも全て払拭されている。

「あの頃・・・逃げてごめんな。そして、楽しい思い出をありがとう。和奏」

「ずっと、幸せでいてね」

「和奏も」

二人は握手をすると笑顔で頷いた。

展示室を出ていこうとした小池は振り返ると

「今度はT大の桜、奏さんと見に来いよ」

「ええ、そうする」

和奏の返事を聞いて満足そうに小池は去っていった。


"これで本当に私の初恋は終わったんだ"


和奏は沈丁花の花に目をやると、背筋を伸ばして展示室を後にした・・・。





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