legal office(法律事務所)に恋の罠
誰もいないはずの土曜日の社長室。

和奏が弁護士執務室に戻ると、パーティション越しに、デスクで仕事をする奏の姿が見えた。

和奏がじっと見つめていると、その視線に気付いた奏が、和奏の方を向いた。

奏は立ち上がり、急いで部屋を出ていこうとする姿が和奏の目に入った。

コンコン・・・。

弁護士執務室のドアがノックされると、和奏の返事を待たずにドアが開く。

「和奏・・・」

和奏が振り向こうとしたその時、

奏が和奏の体をきつく抱き締めた。

「小池さんに・・・会えた?」

「ええ、式の前に話が出来たわ」

奏は、少しだけ和奏から体を離すと、和奏の顔を覗き込むように尋ねた。

「小池くんに未練はないの?」

「もちろん好きだったけど、それはきっと、歴代のベビーシッターや家庭教師と同列だったと思う。離れていった時も"ああ、また私を置いて出ていってしまう"って思っただけだったから」

奏は和奏の肩をゆっくりと撫でながら黙って話の続きを待っていた。

「だけどね、恋愛も失恋も、何もかも初めての相手だったから、少しは・・・思い入れがあったのかな?私のせいで色々悩ませたし、ずっと、幸せになって欲しいと思ってた」

顔をあげた和奏の笑顔は、これまでに奏が見た中でも一番晴れやかで、穏やかなものだった。

「これ・・・」

奏の手の中には、白い封筒があった。

和奏は差し出された封筒を受けとると、中に入っている1枚の写真を取り出す。

それは、T大の入学式の日に、桜を見上げて微笑む和奏の写真だった。

「いつの間に・・・こんな写真撮ってたのかしら。・・・この時、小池くん、私のこと"桜の精"かと思ったとか言って・・・私、不審者かと思って・・・。奏さん?」

苦笑いをする和奏を、奏が再度、ギュッと抱き締めてきた。

「その時の和奏を見た瞬間に"恋に落ちた"って小池さんが言ってたよ」

抱き締められて顔が見えない。

「奏さん、どうしたの?」

「見ないで。今、俺・・・嫉妬に狂った顔してる。後悔や懺悔っていうネガティブな感情つきとはいえ、ずっと和奏の心を占領してきた男に、初恋の瞬間の写真を見せられて勝てる自信を失いそうだ」

珍しく弱気な奏の背中を、和奏は優しくさすって答える。

「奏さんには、躊躇とか遠慮といった後ろ向きな感情が湧くこともない位にグイグイ来られて、いつの間にか守られる自分に酔ってました。最初から、奏さんは完璧な私の騎士ですよ?」

クスッと笑う和奏に抱き締めたまま奏は言った。

「俺は無表情な和奏がふとした時に見せる笑顔のギャップに惚れた。悲しそうな顔も、辛そうな表情も全部、俺が笑顔に変えてやりたいって・・・でも俺は騎士になりたい訳じゃない」

「うん、伝わってる」

「まだあいつが好き?」

「うん。好きだよ」

奏の和奏を抱き締めている腕に力が籠る。

「俺よりも?」

「奏のことは愛してる」

驚いて顔をあげた奏は泣きそうな顔をして、和奏の顔を見つめていた。

「だから、奏も私を愛して」

「もう、愛してる」

奏と和奏には遠回しな花言葉も、カクテル言葉も、もう何も必要ない。

言葉で、体で、こうして気持ちを伝えることが出来るから。

「離さない」

奏は和奏の唇にキスを落とした。
< 99 / 107 >

この作品をシェア

pagetop