レンダー・ユアセルフ





だからこそ当たり障りのない笑みを残し、ジーファはアリアナの腰に手を添えそっと歩みを促した。

視線を持ち上げると搗ち合うそれ。サファイアを思わせる深い碧眼の瞳孔を見据えれば、まるで「行くぞ」と言葉を告げてきているような錯覚に陥る。








「……、侯爵殿」








しかしながらこのまま去ることは彼女自身の矜持を曲げることと同義であり、負けず嫌いを自負するアリアナにとって屈辱以外の何物でもなかった。









「いかがいたしましたかな?王女殿下」









ここで暴言でも吐こうものなら、隣で腰へと置く手に力を込めるジーファの立つ瀬が無くなるかもしれない。でも、黙ってはいられなかった。









「わざわざ御足労をお掛けいたしましたこと、恐縮に思います。…ですが、余りじっくりと見つめないでくださいませんこと?」

「おや。何故でしょう?お美しい姫君ですから、目が奪われてしまったがゆえですが…」

「まあ、お恥ずかしい限りですわ」










くすりと艶然を形取る彼女はその行動を確実に自覚していた。
だからこそ質が悪いと、隣で立ち並ぶジーファは内心ひやりとしたものだ。アリアナの、確信犯的その妖艶な様相について。










「……そのようにおっしゃっていただけることは、とても光栄には思いますが」











句切る彼女の言動をまるで探るように見つめる侯爵の瞳。

そして腰に添わされたジーファの腕を猫のような仕草で掻い潜ると、カツン、華奢なヒールを鳴かせて渦中である侯爵の耳元へと──深紅に色付く唇を寄せた。









「わたくしを敵にまわしたこと、貴殿はいずれ後悔なさるんじゃなくて?」









挑発的な台詞を堂々たる面差しでのたまったのであった。




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