世継ぎで舞姫の君に恋をする

10、舞姫

サラサはざっと陣を見回した。
陣内の一番賑わっている輪を目指す。
衣装はゼプシーのを拝借し、#ディア__・__#の準備はできた。
同じくサラサも着替えていた。


「本当にこんな危険なこと、わたしは嫌なのですが、ディアはジプサムのことが好きだから、最後に会う手助けをしてあげます」
「何だって?」
サラサはたまにぶっとんだ発言をする。
自分がジプサムのことが好きだなんて考えたことがなかったからだ。

サラサは、一番賑わっている人だかりのできている輪の、年配の女と話をつけた。
彼女はゼプシーの族長のベラだ。

「さあ、舞姫の準備ができたよ!」
わあっという歓声が上がる。
「まずは彼女の故郷の曲を聞いてくれ!」

モルガンでよく祭りに演奏される曲。
「シャビにトーレス!?」
ユーディアは輪の前に陣取る楽器の男に目が釘付けになった。
先に帰した二人がゼプシーの男として楽団に紛れ、主旋律の笛を吹いている!

ゼプシーははじめは邪魔しないように適当についてくるが、何度か繰り返すと、すぐに特徴をつかんでバリエーション豊かに、どこか物悲しいところを残しつつも、見事に盛り上げていく。

そのモルガン族の曲は、ジプサムにも届く。
捕虜の檻から戻ろうとしていたジプサムは、その曲をよく知っていた。
毎年、祭りに何度も何度も演奏されるからだ。

「ジプサムさま?」
サニジンはこの曲を知らない。
ジプサムの足が自然と音の方へ向く。

ジプサムが掻き分けて兵の中に入っていく。
王族の赤い龍のマントに気がついた者が、閉じられた人の輪に、一人分のスペースを作る。
「王子だ」
「珍しい、、お坊ちゃんがこんなところに」
ざわめきが生まれるがジプサムは無視する。

ベルゼラの兵たちは目を閉じてその旋律の物悲しさを感じていた。
「どこかで聞いたことがあるような」
「そうだな、、」
ベルゼラのルーツは草原にある。
何世代も前ではあるが。
曲が一段落する。

すべての音がなくなる。
ゼプシーの楽団の中から、娘が一人歩みでる。
赤いシルクのショールで全身を隠していた。

くっと裾を引き上げると素足がのぞく。
たんたんたんっと地面を踏みしめる。
足首の鈴がなる。
それを合図に太鼓が軽く叩かれる。

再び更に激しく、たんたんたん!
だが、今度は太鼓は大きくせわしなく。

ショールは、思いっきり大きく伸ばした手に開かれた!

シルクのショールの下には薄物。
色とりどりの宝石をちりばめた腰布が薄物の上から結ばれて、辛うじて隠す。
だがそれ以外の体のラインは、艶かしく透けて見せる。
ベールのその顔には、黒い煌めく大きな瞳のみ。
柔らかく波うつ、艶やかな黒髪が、私を捕まえてと、見るものを誘う。
対になる男の踊りを返せるものは、ベルゼラにはいない。

彼女は赤いショールを手に、ひとりですべての視線を引き寄せて、鮮やかに舞う。

ほうっとため息が漏れる。

ジプサムは、目の前で踊る娘から目が離せない。
この曲、この踊りを見たことが何度もある。
だが、同じものであるはずはない。

なぜなら、
こんなに切りつけて戦うような踊りではなかった!
こんなに扇情的に誘うような踊りでもなかった!

そして、更にいうならば、今夜はモルガンの西の村を潰滅させた祝いの宴の席なのだ。
モルガンの新年の祝いの舞がなされるはずは、決してあるはずがなかった。

ここにいるものは、この娘の舞の意味がわからない。
わかっているのは何度も草原の民に世話になった自分だけ。
彼女は自分のためだけに踊っていた。


黒い瞳が、ジプサムの視線をとらえて離さない。
そして、はかない夢の如くに娘が舞い終わる。

一瞬の静寂の後、
色とりどりの衣装の娘たちが、歓声をあげながら雪崩れ込む!
すると、底抜けに楽しい舞台に早変わり。

赤いショールの娘は一人静かにその輪を歩みでる。
その目はジプサムの視線を反らせない。

ジプサムの前で、片側のベールを外す。
だが、ベールを外さなくても、ジプサムには彼女が誰かわかっている。
見ない数年のうちに、踊りはさらに上手くなり、娘は美しく成長していた。

「こんばんは、王子さま」
「ディア、、、」

娘はジプサムの前に手を差し出した。
男はその手を取らずにはいられない。

踊りの輪に引き入れると、他のゼプシーの女たちも、見ていた男の中から好みの男の手を取りに行く。
引かれた男は照れながら、適当に合わせて踊りだす。

ユーディアとジプサムは、少し踊るとユーディアは輪の外にジプサムを連れ出した。

「あなたの天幕へ連れていって?」
ジプサムはあがらえず、娘の手を引く。
ジプサムは己の心が、この波うつ黒髪の、黒い瞳の娘に完全に奪われたのを感じていた。
彼女はゼプシーではなく、モルガン族の娘だった。
彼女が危険を犯してきたのは、たったひとつの目的からではないか?

ジプサムは新年に何度もあったディアが、西か東か、どちらに属するか知らなかった。
東のユーディアのところで出会ったことがないことを思うと、西に属していたのかもしれなかった。

戦渦に巻き込まれていなかったことを良しとするのか。
それとも西の、復讐のために自分を殺しに来たと見なすのか。

ジプサムは己の天幕に女姿のユーディアを引き入れた。
彼は、ユーディアとディアが同じ人であることを夢にも思わない。

復讐でも良いような気がした。
ジプサムは、娘に謝り、許しを請い、愛を囁き、ただその唇を奪いたかった。
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