世継ぎで舞姫の君に恋をする

31、人質

ユーディアは乱暴に荷台に押し込まれた。

そこには既に3人のベルゼラの商人たちが縛られて転がされている。
年配の男と、二人の若い男。
一人は年配の男とよく似ている。
ユーディアにべっとりと貼り付いた血を見て、ぎょっとする。

「これは、護衛の人の血。彼はだめだった。リシュアとセリアによろしくと言っていた」
「彼の妻と子だ、、なんてことだ。危険な山越とは覚悟していたが、こんなに小さな我々まで狙うなんて、、、みんなすまない」
一番恰幅の良い50代ぐらいの男が言う。

「我々はどうなるのでしょう?」
震える声で、別の若い男が言う。
「われわれは、身代金目当てだろう」

荷台の外からそれを聞いて声が掛かる。

「我々はベルゼラ国と同じやり方をさせてもらう!
捕まえた捕虜を売って奴隷にしたり、奴隷がいやなら家族に相当の金額でお前たちを購入してもらう」

奴隷ときいて、荷台の4人は青ざめた。

「着いたら、どこに取引を持ちかけたらいいか、確認する。出せないのなら、リビエラに奴隷行きだ!」

それっきり、荷台の囚われの商人とユーディアは黙りこんだ。
捉えられた商人たちは二人は親子で裕福そうであった。
もう一人は雇われ人である。
彼は膝の間に顔を埋める。
家はそんなに裕福ではない。
一緒に捉えられた雇人は払ってくれるかもしれないが、それは借金が積み上がるだけである。結局奴隷のように働くことになるのは目に見えているようだった。

運ばれる途中、兄貴と呼ばれていた男が荷馬車の様子を見に来る。

「怪我をしているのか?」
ユーディアは睨み付ける。
「血を浴びただけだ!」

男は目深にフードを被る。
一目でよく走るとわかる大きな黒い馬に乗っていた。
そのとき、雪混じりの強い風がフードを後ろに払う。
その男の顔と頭を曝け出す。
ユーディアは男を見て絶句した。
漆黒の髪を小さな三つ編に細かく結い、さらに後でひとつにまとめられていた。
レグラン王と同じぐらいの年の男。

「モルガン族だ!」

ベルゼラの商人はひきつった声をだす。
数か月まえのモルガン征伐は記憶に新しい。
ひとつの部族が壊滅させられたと聞いている。
それの生き残りが、今度はベルゼラ国人を捕まえて、奴隷にすると脅す。
それは復讐ではないか?

ユーディアはその顔を知っていた。
西の男の顔。
毎年新年の祭りで一番上の姉と踊っていた男踊りの見事な踊り手だった。

その男の名前は、
「ロリス!」
ユーディアは口走る。

はっとロリスと呼ばれた男は荷台のユーディアを凝視した。

「俺を知っているのか?お前はモルガンの、、東で見た顔だ。まさか、いや、東の世継ぎのユーディアか!その髪でわからなかった!
ユーディアはブルースの許嫁!」

荷台のベルゼラの商人たちは、ユーディアから遠ざかる。
ユーディアは唇を引き結んだ。
覚悟を決める必要があった。
ジプサムに救いを求めて迷惑を掛けるよりも、もっと役に立つ方法があるような気がした。

「そうだ!わたしはユーディア。王子の奴隷になっていたのを逃げ出した!
まさか山賊に襲われるとは思っていなかったけど、ロリスに会えるなんて!助かった!
わたしをベルゼラから保護してほしい!」

山賊たちは、ロリスと先程捕まえた男の一人が知り合いと知って一様に驚く。
彼らはざっと15人はいる。
黒服も、よく見ると、ただ服の色を暗い色に合わせただけの有り合わせのものである。

「ロリス兄、知り合い?」
ユーディアをとらえた少年が聞く。

「ああ、この前の戦で捉えられて奴隷になったと聞いている。後で出してやる」
ロリスは最後はユーディアに言う。
厳しい顔をロリスは少年に向けた。

「アール、足跡を消すのを忘れるな!」
少年はしまったという顔をする。

アールは何人かを引き連れて、馬車の轍の後を消しに行った。
彼らの年齢は13ぐらい。
ユーディアは山賊の中には非常に若い者が混ざっていることに気がついた。


山賊たちは街道沿いの小さな普通の町を拠点にしていて、ユーディアが驚いたことに町ごと、山賊の仲間のようであった。

町につき、ロリスはユーディアの手を引いて荷台から降ろし、戒めをとく。

町の人たちは、黒服の男たちの無事の帰宅を喜んだ。
迎えに出てきたのは、子供たちも多い。片腕の者、脚のないものなど、体を欠損した者もいる。
年齢も、人種も異なる雑多な集団な印象だった。
だが、商人から奪った荷物を解体は手早い。なれた感じである。
町の人たちは、黒服の男たちの無事の帰宅を喜んでいた。

ユーディアがいうと、ロリスは肩をすくめた。
「戦で人生を失ったものたちだ。親兄弟、恋人、、、。ベルゼラに恨みを持つものたちでもある」


一人の女が宿屋の看板から飛び出してきた。
モルガン族でない女だった。
女はロリスに抱きつくが、ロリスは素っ気なく、その体をどかせた。

もう一人、黒い眼帯をした隻眼の男がロリスを迎える。
背中がヒヤリとするような目でユーディアを見る。
「この若者は?ロリス?」
男が言う。
「モルガンの者だ。奴隷から逃れてきた」
「奴隷だって?」
ギラリとユーディアをねめつける。
「すまん、先にこいつを清めさせてくれ」
ロリスはそれ以上は説明しない。

「さあ、、ユーディア、付いておいで」
宿のようであった。
「その血糊はひどい。みんなが怖がる。清めてくれ。ここは源泉が引いてある。
怪我の湯治にも使われるよい湯だ」
「彼らは、、」
振り返ると商人の3人は別のところに連れていかれていた。

「大丈夫。彼らは丁重に扱われる。彼らはいわば商品だ」
ユーディアはショックを受ける。
ロリスはそんな人を商品扱いする男だっただろうか?
ロリスに背中を押され、宿屋に入る。

視界の端に、厚い雲の下でくるくると旋回する鷹の姿があった。
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