世継ぎで舞姫の君に恋をする

8、脱出

勝利に湧くベルゼラの陣は明日凱旋する。既に一部の兵は帰し、今残るのは一部である。

今夜は、沢山のかがり火が、真昼のように明るくベルベラ王軍の陣地を照す。
小さな宴があちこちで行われていた。

ベルベラの勝利は、瞬く間に広まる。
モルガン族以外にも、草原を渡る部族がある。
遊牧の民ゼプシーである。
賑やかな楽器の演奏と共に、大きな幌馬車を率いて、ベルゼラの陣を訪れる。

「ベルゼラの勝利を祝いにきました!!」
タンバリンを豪快に叩く。はでな化粧をしている。
「わたしたちと踊りましょう!それから後は、お疲れを癒して差し上げます」

はじめは渋ったベルゼラ兵も、賑やかな音楽に誘われて人だかりができてくる。
そうなれば、幌馬車から鮮やかな衣装を着たゼプシーは、雪崩のように陣地になだれ込んだ!

派手な衣装の娘たちは、金さえ払えば夜の相手にもなってくれるのだ。

その、騒ぎはジプサムの天幕にも伝わってくる。どんちゃん騒ぎは陣地中で行われているようだった。
但し、ジプサムの選り抜きの護衛たちは、騒ぎにも動じずに、彼らの任務をもくもくと遂行している。


「なんの騒ぎだ?」
ジプサムは天幕のすぐ外に控えるサニジンに訊く。
「遊牧民がお祝いに駆けつけたようです。
追い払いましょうか?」
「いや、いい。今日は無礼講でいいだろう」
ジプサムはいった。
「彼らはどうしている?」
ジプサムは友人のことを訊く。
「信頼できるものを一晩中つけておりますので、ご心配なく」
「、、そうか」
ジプサムは、それを聞いても安心できないのだった。
ジプサムは天幕を出る。
あちこちで始まる賑やかな宴を縫うようにして、外れのモルガンの友人を閉じ込めている所へ行くことにした。


ユーディアやブルースやカカやナイードは、彼らはモルガン族を襲わせた自分のことを友人とは思ってないかもしれないが、ジプサムにとっては大事な友人だった。


遠くでタンバリンの音と笑い声。
戦勝の宴が始まったようだった。
見張りの男にも酒が振る舞われている。

ユーディアは背を柵に、体をブルースに寄せていた。近くに、カカ、ナイードもいる。
小さな移動式の檻らしく、4人は閉じ込められている。
食事は祝いに振る舞われていたものなのか、豪勢なものが届けられていたが、誰も口をつけようとしなかった。

「昔もあったな、こんな風に閉じ込められて一晩中、皆一緒だった」
ブルースは言う。
ブルースはユーディアさえいれば、そこはどこでもいいのではないか、という気持ちは変わらない。
あの時はジプサムも一緒だったと、ユーディアは言いたかったが、思いとどまる。

「僕に付き合わなくてもいいんだ、こんな檻、簡単に出られるだろう?一緒に今はいられても、いずれバラバラにされる」
捕虜の扱いはユーディアにはわからない。
残って、どうするのかというのもまだはっきりとしている訳ではない。

「迷っているのか?」
ブルースは言う。
ユーディアはブルースを見る。

「そうかも。あまりに、いろんなことが起こりすぎて、考えがまとまらない。
西の誰が亡くなって、生き延びれたのか。
あのジプサムは、ジプサムでないようだった。傲慢で、僕たちを馬鹿にしていた。
どうして、人はあんなにも変われるんだろう?ベルゼラがそうさせるんだろうか?
僕は、草原で逃げ回るだけではモルガンは生き残れないような気もする。だから考えがまとまるまで、どんな扱いにも堪えて、それを見極めたいと思う」

「ユーディア、お前は忘れているようだが女だぞ?捕らえられた女の扱いは酷い」
「わかっている」
わかっていないと、ブルースたちは思ったのであった。
やはり、何も起こっていない内に、ユーディアを連れてここを抜け出そうか?
なんて男三人は思うのだった。


馬乳酒はそんなに強いお酒でない。量を飲み過ぎなければ、ビタミン豊富で肌も腸の調子も整う、お酒でありながらも健康飲料である。
「馬乳酒か!地元のは美味いな!」
だから、つい油断したのだろう。
「もう一杯いかが?」
など、女と話している。
その内に静かになった。

「、、、ユーディアさま」
ユーディアははっと顔を上げた。
灯りが檻の向こう側から中を照らす。
がちゃがちゃと鍵を開ける音。
ブルースやカカ、ナイードが緊張している。
檻を開けたのは派手に化粧をした、ジプシーに扮したサラサであった。

「みなさん、ここから出ます!」
「なんで、ここに、、危険なことを」
「西の逃れてきた人から聞きました。シャビとトレースにも!あの戦のとき、残っていたのはほぼ男たちと、捕まえられた女たち。ほとんどは囲まれる前にでています。
東と合流しました。
ジプサムが連絡をしてくれたお陰で、逃れることができたようです。亡くなったのは30名、男。
ジダン族長も、その息子、、」
サラサはブルースを気遣いいよどむ。

「ユーディアのお姉さまは脱出組です」
「そうか、、」
喜んで良いかわからない。
サラサはユーディアの手を引く。
「さあ、もうここに長居は不要です。でますよ!」

ユーディアは促されるまま、檻をでた。
ブルースたちも続く。
彼らの檻の守人は馬乳酒の器を転げさせて眠りこけている。
「酒に仕込ませてもらいました」
サラサは薄布を三人に被せる。
「幌馬車はすぐそこです。馬も用意させています」
サラサの準備は完璧だった。
「たまたま、近くに来ていたゼプシーが、ベルゼラの暴挙を憤り、モルガンに力を貸してくれた。彼らも草原の民でもあるから」
ユーディアは横目で宴会を見る。
ベルゼラ兵は賑やかな踊りに目を奪われて、影を渡るモルガンの捕虜たちに気がつかない。
誰一人呼び止められることなく、幌馬車にたどり着く。
ゼプシーの男が彼らを待っていて、すぐに馬を回してくれる。

「さあ、これで憎いベルゼラともおさらばです!」
本当にそれで良いのだろうか?
馬に乗る、最後の最後でユーディアは乗ることができない。

「やっぱり、ジプサムにきちんと話がしたい!
彼がどうしてこんなことをしたのか、あんなに傲慢になったのか、それを自分で確かめないと、僕は帰れない!」

サラサはびっくりする。
彼女はユーディアが捕虜として残るつもりで自ら檻にとどまっていたことは知らない。

「なんですって!?ここは危険ですから、ユーディアさま、皆心配しております。
世継ぎが帰ってくださらないと」

そういっている内に、ユーディアは髪を解きだした。
ブルースたちは仰天する。
「ジプサムに確かめに行く!」
「どうやって?」
彼はディアが踊ると必ず、その手をとっていた。
今回もそうなるだろうと思う。
「彼の近くに行く!」
ユーディアのジプサムと話がしたいという決意は揺るがなかった。



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