【完】さつきあめ〜2nd〜

「でも……」

「何だよ…そんなに有明と一緒だったマンションのがいいか…?」

すると今度は唇を尖らせて、拗ねたように顔を背けた。
あぁ、この人はわたしが光と同じマンションだった事を知っているのだ。

「いや…光と一緒だったからだとかじゃなくて…
何か付き合ったらいきなり同棲とか話が飛躍しすぎてついていけないって感じで
正直戸惑ってます…。
別にあたしはあなたに生活を頼って生きていくつもりもないし、自分の事は自分でしたいし
でも正直…一緒に暮らしたいって思われるのは嬉しいです」

朝日の正直な真っ直ぐな気持ちが嬉しかった。
強引なところが昔は大嫌いだったはずなのに。
その言葉に、朝日は小さく笑った。

「まぁ、俺はお前のそういうところ、きっと好きになったんだと思うけど。
俺だけじゃなくて、きちんと自分の意志がある女。お前ってそういう奴だよな。
でも俺は出来る限りの時間はお前といたいから、はい、これ渡しとく」

キーケースから外された鍵。
躊躇いもなく、わたしへ渡してくれる。
でもそれが過去に他の女やゆりにも渡っているものだと思うと
わたしも相当嫉妬深い女なのかもしれない。

「こんなの渡されたら、毎日家に行っちゃうかも…」

「大歓迎だよ、さくらなら」

「ほんとですか~?家に合い鍵で入ったと思ったら他の女連れ込んでたりして」

冗談で言った言葉に、朝日は神妙な顔つきになった。


「やっぱ俺ってそういうイメージか…。
でもお前とはちゃんとしたいから、今後絶対そういう事はないって信じてくれよ」

「信じますよ」

合鍵を胸に握りしめて、ゆっくりと答えた。

信じる。
この言葉は嘘ではなかったし、朝日はちゃんとしてくれるつもりだったのも嘘ではないと信じていた。
今でも信じてる。
けれど、どうして行き違ってしまったのだろう。
裏切りとは言えなかった。何かが少しだけ遅かっただけ。そんな小さな過去でも許せなかったのは、わたしが本当に朝日を愛していたからなんだよ。
この手をもう離さない。そう誓ったのに、どうして人の心はこんなにも弱かったのだろう。


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