ビターのちスイート

一瞬、スマートフォンの電源を入れようかとカバンから取り出し画面を見つめたが、電源を入れることなくそのままカバンへと戻す。

もし、幸弘からの連絡が入っていなかったら、電車の中で泣いてしまうかも知れないと思ったからだ。

すべては家に戻ってから確認しよう。杏奈はそう心に決め、車内から流れる景色をぼんやりと見つめていた。

最寄り駅に着き改札を抜けると、いつもよりも歩く速度が速くなっているのを自分でも感じていた。

少しだけ息を切らしながら、自宅マンションのエントランスへとたどり着く。

エレベーターに乗り、自分の部屋の鍵を開け、勢いよくドアを開けると、部屋の電気をつけるよりも先に、杏奈はスマートフォンの電源を入れた。

「うそ。何これ……」

杏奈の目に飛び込んできたのは、不在着信とメッセージの受信を告げる画面。

それも、普段では考えられないような件数が表示されている。

震える手で画面をタップすると、不在着信はすべて幸弘からだった。

続いてメッセージを読み込んでいく。

『杏奈、今どこにいる? 会って話したいんだ。頼むから連絡くれ』

そこから始まる幸弘のメッセージは、謝罪の言葉で溢れている。

『今、職場で店長さんに話を聞いた。忙しさを理由に杏奈の話を聞いていなかった俺が悪いよな』

『いつも杏奈に甘えてばっかりだったことに気づいたよ。本当にごめん』
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