夢はダイヤモンドを駆け巡る

第2話

 二時間目以降もこうしてわたしは彼に注意を払い続けた。彼がどんなふうにして授業を受けているのか、その技を盗みとってやろうとばかりに気持ちを集中させた。

 しかし、やはり席が真後ろであるからなのか、その実態は微塵も明らかにならないまま、昼休みに突入してしまった。


「かおるー、お昼ごはん、中庭で食べない?」

 一年から引き続き同じクラスになることのできた友人二人が、弁当包みを持って誘ってきたため、わたしは気分を切り替えて中庭に移動した。

 わたしたちはできるだけ昼食は弁当にするようにしていた。食堂は居心地がいいのだが、不経済だ――というのはタテマエで、単にわたしは小神に会いたくないがゆえに弁当を持参することにしているのだ。

 あの上級生はいつも弁当を持って来ず、あの変人には場違いな食堂にいるらしい。それも一人きりで。友達いないんですか、と一度聞いてやりたい。
 
 某大学には「ぼっち席」なるものが登場したと噂に聞いているけれど、わたしたちの高校にはそういうサービスはまだ上陸していない。

 小神の昼休み中の行動を把握したわたしにもう恐れるものはない。食堂以外の場所に退避しておけば、少なくとも昼休みのうちは小神に会わずに済むということだ。これはわたしにとっては貴重な発見である。

 わが高校は最西端に校門、それから北と南に普段の授業を行う棟と特別棟・体育館が向かい合い、その間に中庭がある。そして敷地の東半分をグラウンドとプール、テニスコートが占めている。つまり中庭からは百八十度ぐるりとすべての施設があらかた見えるようになっている。

 中庭には大きな桜の木が一本どっしりと植わっていた。この学校が創設された年に植樹されたものらしく、幹の太さには貫禄を感じる。満開を少し過ぎた時期ではあるが、まだまだ美しい。

「かおる、疲れてる?」

 授業中に無駄な神経を使っていたからか、確かにわたしはすっかり疲れ切っていた。

「っていうか、ずっとそわそわしてるよね。あたし、授業中ちらっとかおるの方見たんだけどさ、なんか授業以外の何かに気を取られてるって感じだった」

「本当に? そんなことないと思うけど」

 と、平然とした口ぶりで返しながら、わたしはさりげなく目の前のグラウンドに目をやる。

 実はさきほどからわたしは気付いていた。

 グラウンドのもっとも奥、黒い土のきちんと入った野球場の方で松本くんとその他数名がキャッチボールをしているのだ。多分松本くん以外の数名も野球部だと思われる。学ランを脱ぎ、ワイシャツのまま気ままにボールを投げたり受けたりしている。

 昼休みであっても体をなまらせないように、とのことなのだろうか。この学校で休み時間にグラウンドを使う部活はひとつたりとして、ない。特に校則でそう定められているわけではない。けれども生徒たちは進んでグラウンドに出ようとはしない。そういう学校なのだ。

 どうして松本くんはこんな学校に入ってしまったのだろうか。野球をもっとしたいのなら、部活に力を入れている学校に入学すればよかったのに。

「かおる、さっきから上の空だよね。お箸が止まってるよん」

「もしかして、野球場見てるの?」

 二人が顔を覗きこんできて、我に返った。

「べ、別に野球場をみているわけじゃ、」

「あ、かおるったら焦ってる」

 わたしの慌てた様子に、二人はにやにやとしだした。グラウンドの方をじっと見て、

「誰かのことを見てるなー?」

と問いただす。

「もしかして新しいクラスに気になる人がいるとか?」

 女子はすぐに恋愛に話をつなげたくなる生き物なのだということを、今思い出した。これはごまかさず、正直に話すべきだろう。新学年早々、間違った噂を流されたり、勘違いされては困る。今年は修学旅行もある大切な学年なのだから。

「違う違う! そんなんじゃなくて、これは小神のせいなのっ」
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