夢はダイヤモンドを駆け巡る
 なぜって、松本くんはわたしなど足元にも及ぶことのできない超人――完璧な同級生、完璧な男なのだ。スポーツ万能成績優秀眉目秀麗温厚篤実。

 その松本くんに、誰かによって救われなければならない要素があるとは到底思えない。

 ましてやよりによってこの超絶ダメダメ人間の星野かおるが松本くんを救うなど、恐れ多いったらありゃしない。
 
 それに第一、小神と松本くんとの間には取りたてて接点といえる接点はないはずだ。

 確かにわたしも含め同じ会計委員ではある。

 しかし会計委員の活動は重要な仕事とはいえ年に数度しかなくしかも今のところ活動らしい活動はまだ始まっていない。

 では、どうして小神はそれほどまでに松本くんに目を掛けるのだろう。

 実はこの疑問は今年度の最初から覚えていたものだった。

 四月の始業式直後、どうしてわざわざわたしを呼び出し(この辺は割と日常茶飯のことではあるが)、松本くんを観察し、その姿勢に学ぶようにわたしを仕向けたのか。

 尋ねたいことが次から次へとダムが決壊したかのように溢れだしたとき、小神が口を開いた。

「私は何度か松本くんの夢を見ていたのです。それも、星野さんが見たというのと全く同じ夢を」

 それは周囲の人々の話し声にあっというまに掻き消されてしまう程度の小声だった。

 小神はそれだけを呟くと、ほとんど冷めかけのハンバーグをそれまでよりも速いペースで口に運び始めた。つられてわたしも鯖の味噌煮をやや速いピッチで胃袋に収め始める。

 わたしはその理由を問わなかったし、それ以上松本くんの夢について問うこともしなかった。小神もまた同様に、一切言葉を発せず、黙々と目の前にある安いランチプレートを、それでも品格を感じさせる作法は崩さずに平らげた。

 そこにはわたしの背中をぞくりとさせる何かがあった。

 これからきっと小神の口から不吉な知らせがあるのだ、とわたしは直感する。

 小神の沈黙ほど恐ろしいものはこの世にはない――そう思わせるほど。
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