夢はダイヤモンドを駆け巡る
第八章 夢見られるかおる

第1話

 結局その場で小神は話の続きを語らなかった。

 財布に優しい会計を素早く済ませてファミレスを出る。

 恐々とした雰囲気の中昼食を片づけたものだから、お腹がいっぱいになったのかどうかもよくわからない。

 気分としては消化不良を起こしている。

 昼下がりの町中はやや汗ばむくらいの陽気だった。

 春でこの気温なのだから夏になればどうなることやら、とわたしはため息を吐きそうになる。

「少し移動しましょう。人の少ない、静かな場所へ」

 わたしは小神に十分少々連れられ、町の中央部を流れる川辺へと下りた。

 真昼の太陽の光が川面に照って目を射る。わたしは目をそばめた。

 ざっと見渡したところ、ランニングに勤しむ中年男性の姿があるほかは、我々の話を耳にする者は誰もいない。

 十分程度歩いただけで脇の下がしっとりと汗ばんではいたものの、まだ伸びきっていない川原の緑が夏の遠さを物語っているようであった。

 蒲公英の黄が草間に見え隠れしている。

 百メートルほど先の高架上を、休暇を楽しむ親子連れを幾組も乗せた私鉄が、ゴトンゴトンと小気味いいリズムで走り抜ける。

 まだ梅雨の恵みを知らない葉たちが一斉に揺らめいた。

 小神に導かれ、コンクリートの階段に腰掛けると、

「春の陽気に包まれた休日。
 揺らめく蒲公英。
 高架を走り抜ける電車と爽やかな風。
 満たされた胃袋。
 そして何より、隣に腰掛けるは高校のキュートな後輩。
 こんな幸せな気分の川原デートなんて、青春ドラマの一ページのよ――」

「いいからさっさと話の続きを聞かせてください」

 こんな戯言、最後まで聞いてられるか!
 とわたしが入れた突っ込みに、小神は肩をすくめた。

 星野さんが最近特に冷たいだのなんだのぶつぶつ呟いているが、それらは一切無視した。

 小神は真面目な口調に戻ってこう語り始めた。

「私が彼女に〝切られて〟からのことでした」

「彼女」とは、先ほどの話に出てきた、小神が救おうとした女性のことだ。

 〝切る〟とは〝縁を切る〟という意味だろう。

「私が彼女の夢を覗き見ることはほとんどなくなりました。どうしてそんな風に唐突に彼女の夢を覗くことがなくなったのか、私にはわかりません。心理的ショックがこの能力に何かしらの影響を与えるのでしょう。それからしばらくは何の夢を見ることもない、静寂な夜が重なりました。

 それは小休止のようなもので、久々に私の夜に訪れた平穏でした。私はもう他人の夢を覗き見る力そのものが誰かに転移したのではないか――そんな風にさえ思っていました」

 小神はゆったりとした口ぶりでそこまで話すと、大きく息を吐きだした。そして、頭を二、三度静かに横に振った。

「でもそれは私の楽天的な願望に過ぎませんでした。五日ほど後のことです。私はこんな夢を見ました」


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