ゼフィルス、結婚は嫌よ

ゼフィルスの会とは

「あら、味がいいとかよくご存知ですわね。よくお出でになるんですか?このお店。それに…なぜ九段下から青山まで?まるで後をつけられたような気もするんですけど、わたし」と云って笑ってみせる。「いやいや、それではまるでぼくはストーカーみたいだな、ははは。違いますよ。実はこの近くの青山墓地にお参りする用事があったんです。たったいまそれも済ませて来ました。ぼくの恩人なんですけどね。その帰りに、こうして墓参りのたびに寄っているこの店に入ったら、偶然あなたがいたわけです」と釈明するのに「ああ、お墓参りですか」とうなずいたがそのまま鵜呑みにしたわけではない。というのも実はここに来る前にワンクッションがあったからだ。コンサート会場から九段下駅に向かう途中のことで、惑香は美枝子と2人きりだった。ほかの4人はいまだ武道館内の軽食店の中である。きょうのマドンナのコンサート談義をしようと皆から誘われたのだったが、惑香と美枝子だけが断ったのだ。なぜそんなことをしたかと云うと美枝子にはダンサーとしてのテレビでの仕事があったからだし、惑香にはその美枝子をも含めて、ある人物から誘いを受けていたという事情があったからだ。ある人物とは他ならぬゼフィルスの会の会長である。60過ぎの女性だった。話がこんがらがってしまうのでいささか説明するが、惑香ら5人からなるゼフィルスの会とは彼女たちが勝手に作った、いわばその会長なる人物の親衛隊である。正式なゼフィルスの会は総勢数千名になるやも知れぬ、その会長の呼びかけに応じて名をつらねた人々の集まりだった。とは云えそこには規約もなにもなく、随時催される会長の講演会を聞きに来た人たちが自分の名だけを会につらねただけのことで、その折りプレゼントされた形ばかりの会員証を持っているだけのこと、会費も何もなかった。単に講演会を聞きに来た聴衆たちと云ったほうがいいかも知れない。とにかくその中から美枝子を中心として始めは数十名に及ぶ同名の会が自発的に結成され、会長があとからそれを追認したのだった。それがその後暫時数が減って行き(そのわけはのちほど語る)いまは5人だけの会となっていたのである。ちなみに会の統領は初めからいまに至るまで美枝子である。
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