この溺愛にはワケがある!?
隆政が3番窓口から去り、正面玄関に歩いていくのを見て、美織は心の中でほくそ笑む。
隆政の番号はわからなかった。
だが、誰の後に番号札を取ったかはわかったので、それを注意深く観察しながら一つ前の人に当たるようにすれば、高い確率で隆政の番号には当たらない筈だ。
思惑通りに事が進み、美織はその日の業務をなんとか終えた。
何の用だったのかは不明だが、こちらとしてはもう顔も見たくない。
その気持ちを少しでも感じとってくれれば、もう押し掛けては来ないと思う……思うが!
そう、相手は美織の理解を越えるポンコツだ。
どういった行動をとるのか、油断は出来ない。
美織が隆政に対する防衛戦に意識を集中していると、同じく業務を終えた亮二が近付いてきて言った。

「美織さん、さっき変な男がそっち見てましたよ?あれ、知り合いっすか?」

「あ、あれね。うーん、実はね……」

美織は昨日の見合いの話を亮二に説明した。
本当は話す予定等なかったが、結果的に隆政を亮二に押し付ける形になってしまったのだ。
聞き耳をたてていたが、何か詰め寄られて困っていたような感じだったのはわかる。
そんな理由からとりあえず説明はしておこうと思ったのだ。

「なんすか!それ!最悪っすね!」

思いの外、亮二は憤慨した。
言葉遣いや態度はチャラいが、亮二はとても気が利く上に人に優しく出来る、実は好青年なのだ。
一見してはわからないが、一緒に仕事をし日々を過ごしていくと、彼の人となりが素晴らしいのがわかる。
どこぞのポンコツに見習わせたいくらいだ。

「でしょ?それが、何故か話があるとかで来たのよ……」

「………気を付けて下さいよ?最近何かと物騒っすから……今日家まで送りましょうか?」

「大丈夫よー!すぐ近くだもの。でもありがとう。細川くんはいい男ねぇ」

「いや、そういうのやめて下さい!超照れるんで!……でも、ほんとに気を付けて下さいよ?」

「うん、わかった!さて、業務終了よ、さっさと帰ろ?」

「はい!じゃ、お疲れ様ですっ!」

「はーい、お疲れ様ー」

亮二は片手を上げて、美織に挨拶すると、裏口から出ていった。
2番窓口の寧々は最後の人に応対中で、4番窓口の芳子はもうすでに帰ったらしく席にはいなかった。
窓口業務は定時が来て、人が捌けたら順次帰ってもいいことになっている。
美織もパソコンの電源を落とし、帰り支度を始めた。
日付印を明日の日付に変更して、スタンプ台を閉め、ゴミ箱のごみを裏口の大きなゴミ袋に捨ててから、その足でロッカールームに行く。
少な目の荷物を持ち、ベージュの薄手のコートとストールを羽織ると職員専用の裏口から帰路についた。
市役所の専用車駐車場を抜けて、裏手にある銀行に寄って帰ろうと思った矢先、特徴のある伸びやかな声が美織の足を止めさせた。

「みお!!」

(ああ。この声は………しまった……待ち伏せ……)

振り向くべきか……。
でも、振り向きたくない。
だが、振り向かなければ、また大声で名前を呼ばれるだろう。

「………何か御用ですか?」

「話があるって言ったよな」

「そうでしたっけ?」

「……まぁいい。ここじゃなんだから、何処かで話そう」

「待って下さい。何の話をするんです?昨日全て終わっていると思いますが」

「終わってない。昨日は……その……俺も先走ったというか……」

意外にも隆政は謝罪に来たらしい。
不遜な態度は今は鳴りを潜め、伏し目がちに美織の足元を見ている。

「…………では、そこの喫茶店でどうですか?」

美織は謝罪なら受け入れるべきだと思い、たまに行く落ち着いた雰囲気のレトロな喫茶店を指差した。

「ああ、そこで構わない。すまないな………」

(なんだ、この人ちゃんと謝れるんじゃない!)

とは思ったが、謝罪をしたところで隆政への心証が変わることはない。
ただ美織に対する失礼な態度を詫びてくれれば、怒りは忘れてあげてもいい。
その程度のことだったのだ。
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