流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

   ◇ 地下墓所の祈り

 舞踏会を中座したことに対するおとがめはなかった。

 パーティーでの混乱の一件はシューラー卿の耳にも入ったらしく、出席していたことになったようだった。

 舞踏会は毎晩のように催されていたが、あの日以来参加したことはない。

 逆にどこからも呼び出しはなく、放置された状態が続いていた。

 エミリアは人質生活に退屈しはじめていた。

 本格的な夏を迎えてもフラウムの街はそれほど暑くはならず過ごしやすい日々が続いていた。

 御料牧場で刈り取られた羊毛が宮廷内の作業場に運び込まれ、リズムを合わせながら糸車を回す女官達の歌声が聞こえてくることもあった。

 宮殿内の行動に制限はないため、エミリアは女官達の休憩所に顔を出して編み物を教わるのが楽しみになっていた。

 自分の不器用さを嘆くばかりではあったが、癇癪を起こして投げ捨てることもなく、いびつな模様の肩掛けを編み進めていた。

 女官達の噂によれば、フラウムの周辺では貴族達の遠乗りや馬上槍試合がおこなわれているようだったが、交流のないエミリアには縁のない話であった。

 体の傷は少しずつ癒えてきてはいたものの、顔の青痣はなかなか消えなかった。

 朝食はエリッヒと一緒にとるようにしていた。

 マーシャにパンの焼き方を習ったりすることもある。

 最初は高貴な身分の者がすることではないと断られたが、根負けするほど何度も頼み込んでなんとかやらせてもらうことができた。

 自分で作ったパンを朝食に紛れ込ませてエリッヒに食べさせてみた。

「気づきました?」

 二つ目のパンに手を伸ばしながらエリッヒが首をかしげる。

「何が?」

「それ、わたくしが焼いたんですのよ」

「だから不格好だったのか」

 正直な感想だ。

「本当に嘘のつけない人ですね」

「味はなかなかだぞ」

「ならばそれを先に言えばよろしいではありませんか」

「女性よりも馬の機嫌の取り方のほうが得意な騎兵士官なのでね」

「まあ、あきれましたわ」

 そんな軽口を楽しめることが素直にうれしかった。

 パンにチーズを載せているエリッヒの表情を見ているだけで満足だった。

 平凡な日常を味わうこと。

 それですら人質の身の今の自分には贅沢な娯楽なのだった。

 エミリアは他にも給仕長に教わってオレンジを搾らせてもらったり、コーヒーの豆を挽かせてもらったりといった身近なことに楽しみを見いだしていた。

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