流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 エリッヒは肩を上げながら深く息を吸い、ふっと短く息を吐いた。

「俺には今でも分からない。どうするべきだったのか」

 エミリアもまたかけてやるべき言葉を見つけることができずにいた。

 彼女はエリッヒの手に自分の手を重ねた。

 エリッヒのぬくもりが伝わる。

 あたたかな血の流れている大きな手だ。

 お互いに生きている証を感じ取る。

「どんな方だったんですか、フランセルさんは」

「歌が好きだったかな。舞踏もうまかった」

「わたくしとは正反対の方ですね」

「いや」とエリッヒは首を振った。「まっすぐで裏表のない女の子だったよ。思えばそんなところなのかもな、今でも忘れられないのは……」

 二人の間を沈黙が流れる。

 松明の薪がはぜる。

 エミリアはエリッヒに語りかけた。

「祈りましょう。生き残った者にできることはただ祈ることだけです」

「ああ、そうだな」

「それに、エリッヒ」

「なんだ?」

「彼女はあなたを責めたりはしていませんよ。彼女もまたあなたのために祈っていたのですから」

「そうかもしれないな」

 エリッヒの目から涙がこぼれ落ちる。

「責めているのは俺の方かもしれないな。俺を一人にしておいていった彼女のことを……」

「あなたが誤解したままでは彼女が悲しみます。あなたを苦しめること。それは彼女が一番望まなかったことなのでしょうから」

 肩を振るわせながら泣く男の目から流れる涙がエミリアの手の甲に落ちる。

 それはとてもあたたかな滴だった。

 地下墓所の幽霊。

 それは行き場のない頑迷な老人の怨念と、亡くなった者への想いをいつまでも消し去ることのできない男の哀しみが闇に彷徨う姿なのかも知れなかった。

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