流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 荷馬車の上から姉がからかう。

「あんた、それがないと眠れないもんね」

「うん、これがないと変な夢見ちゃうから」

「それでもいつもお漏らししちゃうじゃない」

「しないもん」

 母親は泣きそうな顔の少年の頭を撫でて荷台に乗せてやった。

 青痣の聖女が御者台に座る。

「それじゃ、行きましょうか」

 荷馬車がゴトリと動き出す。

 どこまでも広がる豊かな小麦畑にのびる街道を、荷馬車は東へ進んでいく。

「ねえ、ママ」

 少年が問いかける。

「なあに?」

「本当に、パパ、大丈夫?」

 母親は前を向いたままこたえた。

「ちゃんと追いかけてくるわよ」

「でも、違う村に行っちゃうんだよ」

「置き手紙をしてきたから大丈夫よ。旅に出るのが好きな人だけど、必ず私たちのところに帰ってくるの。パパはね、あなたたちのことが大好きだから」

 少女が行儀悪く口笛を吹く。

「パパが一番好きなのはママじゃないの」

 母親は少しだけ横を向いて微笑んだ。

「当たり前じゃないの」

 荷馬車は街道を進んでいく。

 小麦畑の上を風が吹き抜ける。

 どこから来てどこへ行くのかは誰にも分からない。

 それは風にも分からない。

 流転の先にある景色。

 それを知りたくてまた旅に出るのだ。

(完)

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