流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 小屋の外で馬がいなないた。

 旅の男は立ち上がって外の様子をうかがった。

 子供達の母親らしい女性が馬をなでて水を飲ませていた。

 目の横に青痣がある。

「ああ、聖女様ですね。私はホグランという村のマニクと申します。村で疫病がはやっておりまして、是非お力をお貸しいただきたいのですが」

「まあ、それは大変ですね」

 少年が母親の前掛けを引っ張る。

「ママ、またどこかに行くの?」

 母親は屈みこむと両手で少年の頬を包み込んだ。

「そうね。お支度をなさいな」

「パパは?」

「どこかにいるでしょうから、どこからか来るでしょうよ」

「待ってなくていいの?」

「大丈夫よ。それとも、あなたはここで待ってる?」

「やだよ。僕、ママと一緒がいいもん。ママのいないところはやだ」

 少年は母親に抱きつき、顔の青痣に口づけた。

 母親は少年の手を取って胸に当てた。

 瘡蓋の痕跡のような傷がある。

 母親が唱える祈りを復唱しながら少年はその傷跡を撫でていた。

 そんな少年の様子を眺めながら姉の少女が慣れた手つきで袋の中に旅の支度を詰め込んでいく。

 立ち上がった母親が腰に手を当てて旅の男に言った。

「じゃあ、出かけましょうか」

「え、もうですか?」

 あまりの支度の早さにマニクの方が驚いてしまう。

 馬につながれた荷車には干し草が積まれていて、子供達が飛び乗った。

 母親が荷物の入った袋を荷馬車に載せていると少年が荷台から飛び降りた。

「ちょっと待って、ママ」

 少年があわてて小屋に駆け込んでいく。

 戻ってきた少年が抱きかかえていたのは熊のぬいぐるみだった。

「ミケルも連れていかなくちゃ」

 顔つきは凛々しいわりに、意外と甘えん坊らしい。

 マニクは笑いをこらえながら様子を見ていた。

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