流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
◇ 父王の死 ◇
大理石テーブルに戻ると、マウリス伯がそっと耳打ちをした。
「王女様、いかがなされましたか」
「いえ、なんでもありませんわ。少し息苦しかったもので、風に当たってきただけです」
「しっかりなさってください。主役がいらっしゃらないと宴になりませんぞ。本日はカーザール帝国から祝賀使節として皇帝陛下の信任の厚いシューラー卿もお越しいただいております。帝国との友好関係は王家にとっての重大事でございますゆえ」
「分かっております。心配はいりません」
マウリス伯は一歩下がって給仕長に合図をした。
厨房から新しい酒が運び込まれる。
料理長が首の長い壺を恭しく掲げた。
「こちらの酒はブリューガー家からの献上品でございます。東洋の神殿に捧げられる聖なる酒でございます」
「ほう、それはめでたいものじゃな」
父王が異国の酒と聞いて立ち上がる。
マウリス伯が壺を受け取り、給仕長の用意したグラスに注ぐ。
受け取ったシューラー卿が立ち上がってアルフォンテ二世に向かってグラスを掲げた。
「では、エミリア殿のご健康に」
父王はシューラー卿とグラスを触れ合わせて一息に飲み干すと、マウリス伯にグラスを突き出してもう一杯注がせた。
「異国の酒もうまいものであるな」
だいぶ酔いが回っているのか、ふらつきながら座ってまた酒をこぼしてしまった。
行儀悪くグラスの外側までなめ回している。
その様子を見てシューラー卿が顔をしかめている。
さすがにエミリアも父王に注意せざるを得なかった。
「お父様、飲み過ぎではありませんか」
「なあに、おまえの晴れの舞台、めでたい日ではないか。これくらいではまだまだ足りんぞ」
酒臭い息を吐きながら赤い顔を膨らませて娘の顔をのぞき込む父にエミリアはそれ以上何も言えなかった。