流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
「あなたはどちらの御家中の御方かしら」

 若者は顔を向けずに名乗った。

「ああ、これは失礼。カーザール帝国騎兵士官のエリッヒと申します」

 士官といえば貴族階級だが、くたびれた軍服からはそのような威厳は感じられなかった。

「あなたは宴会には加わらないのですか」

「馬鹿騒ぎが苦手なものでね。俺のような軍人のいる場所ではないでしょう」

「お料理を召し上がってはいかが」

「腹は減ってないんで」

 素っ気ない返事にエミリアは苛立ちを覚えた。

「さきほどからよそ見ばかりなさっておられますけど、無礼ではありませんこと」

 目をそらしてばかりいた自分のことを棚に上げて強気な言葉を投げかけてしまった。

「これは失礼」

 エリッヒは一瞬だけ顔を向けたかと思うと、また正面を向いてしまった。

「あんたのその金色の髪がまぶしくてね」

 思いがけない言葉にまた鼓動が高鳴る。

 しかし、動揺のあまり口から出てきたのはやはり強気な言葉だった。

「『あんた』という言い方は無礼ですわよ。わたくしはエミリア・ファン・ラビッタ・オレ・アマトラニ。アマトラニ家の王女です」

 ようやくエリッヒが王女に体を向けて目を合わせた。

「ふん、長ったらしい名前だな。魔法の呪文じゃあるまいし」

「無礼者。王女だと申しているのに」

「ふん、あんたが王女だって言うのなら、じゃあ、俺は皇子だ」

「まあ、馬鹿にして。わたくしは本物ですわ」

「俺だって本物だ」

「わたくしは嘘など申しませんわ。王家の名誉にかけて」

 エリッヒが一歩間合いを詰めた。

「あんたは裏表がなく、まっすぐな女だな」

 エミリアを真っ直ぐに見つめながら鼻で笑う。

「単純すぎてつまらん女だ」

「なんですって」

「男の探求心をくすぐる魅力が何もない」

 体が震えて言い返す言葉が出てこない。

 と、そのとき、大広間の扉が開いてシュライファーが王女を探しにやってきた。

「王女様、こちらでしたか。お戻りくださいませ。父君がお探しでございます」

「分かりました、今参ります」

 二人の会話を聞いていたエリッヒが頭を下げてテラスから去っていく。

「あの者は?」

「カーザール帝国の御方だそうですわ」

「ではシューラー卿のお付きの方でしょうか」

「さあ、騎兵士官ということだけしか」

「さようでございますか」

 振り向くと、もうエリッヒも馬もいなくなっていた。

 エミリアはシュライファーにうながされて大広間に戻った。

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