流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 一人焚き火の前に残されたエミリアは炎を見つめながら強くならねばと反省していた。

 自分はもう誰にも頼れないのだ。

 両親も兄達も、伯父上も、世話をしてくれた家来達も、そしてシュライファーにも。

 もう自分のそばには誰もいないのだ。

 一人で生きていかなければならないのだ。

 宿屋で襲いかかってきたような悪者達に、今度は自分一人で立ち向かっていかなければならないのだ。

 ナポレモを出て今日一日だけで、何度誓っただろうか。

 ……できない。

 そんなこと、できるわけがない。

 エミリアはまた恐怖を思い出して震えていた。

「なんだ、どうした。また震えているのか」

 いつのまにか戻っていたエリッヒが背中からまた抱きしめてくれた。

「先ほどの男達のことを思い出していたのです」

「忘れろ。もういない。安心しろ」

「でも、こわかったんです」とエミリアは胸につかえている恐怖を吐きだした。「あの男達に、味見をすると言われたのです」

 なるほど、とエリッヒが笑い出す。

「笑い事ではありません。あの者達は私を食べようとしていたのですよ。人肉の味を求める鬼です。悪魔の使いです」

「味見なら俺もしてみたいものだな」

「あなたも鬼だったのですか」

「ま、鬼にはなりきれんか」

 エリッヒがエミリアの耳たぶを軽く噛んだ。

「な、何をするのです」

 エミリアはエリッヒの腕の中でもがいた。

「冗談だ、すまん」

「離しなさい」

「まあ待てよ。俺は鬼じゃない」

「本当ですか」

「ああ。本当だ」

 エミリアはエリッヒにもたれかかった。

 あくびが出そうになっておさえる。

「疲れましたわね」

「ああ、まったくだ」

 エリッヒが道具の入った袋を枕にして焚き火のそばに寝転んだ。

「あんたもここで眠れよ」

 言われた通りにエミリアも隣に横になった。

 地面は初夏の若草で柔らかい。

 エリッヒが左腕を伸ばして、エミリアの頭の下に入れた。

 若いとはいえ鍛え上げられた軍人の腕だ。

 隆々とした筋肉がしっかりと女を受け止めていた。

「とても寝心地がいいですわ」

「それは何より」

 腕枕をしながら、エリッヒはエミリアの肩に右手を置いて、指先でそっと撫でてやった。

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