流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 蝋燭に灯をともしながら城塔内の石段を上がっていくと、王女の居室の前で足が止まった。

 扉の向こうから、何かを叩きつけるような音が聞こえてきたのだ。

「エミリアお嬢様、また癇癪をおこしていらっしゃるのですか」

 二度ノックしてから扉を開けると、天蓋付のベッドに腰掛けた王女が頬杖をつきながらため息をついていた。

 首元を紐で結んだ簡素な寝間着に身を包んだ姿は修道女のようにも見える。

 目の前の大理石テーブルには、貴族の御曹司達の身上書きが積まれている。

 先ほどの音は、この身上書きに八つ当たりしたものらしく、書類の山が崩れかかっていた。

「だって、こんな殿方達から相手を選ばなければならないのよ」

 王女が立ち上がって御曹司達の似顔絵の束をシュライファーの方へ投げてよこす。

「お嬢様、お相手の方々に失礼でございますよ」

「だって残り物のおじさんか子供ばかりじゃない」

 通常であれば貴族の子女の社交界デビューは十二、三歳の頃であるが、エミリア王女は病気がちでその時期を逃していた。

 さらには十五の時の疫病で、成年の儀と婿選びも遅れてしまったため、適齢期のお相手がいなくなってしまったのだった。

「なんでこんな相手の中から選ばなければならないのよ」

「こんな相手などと言ってはいけません、お嬢様。みなさまアルフォンテ十二騎と呼ばれる由緒正しい家柄の御曹司ばかりでございます。アルフォンテ十二騎と言えば……」

 エミリアは手を突きだして執事の言葉をさえぎった。

「ああ、またその話、もう聞き飽きました。東洋から襲来した大騎馬帝国の侵略を撃退したと言われる初代アルフォンテ一世を支えた勇猛果敢な騎士達でしょう。この平和な世に、そのような武勇伝などなんの役にも立たないではありませんか。もう数百年も前のことなのに」

「ですがお嬢様、アマトラニ王家では、先祖代々、この名家から選び抜いて縁組みをしてきたのでございます」

「それが王家安泰のためだと言うのでしょう」

「さようでございます。亡きお母上様も十二騎筆頭ボシュニア公爵家からお嫁入りなさったのですから」

 エミリアは長い巻き毛をもてあそびながらため息をついた。

 金色の髪は母親譲りだ。

「あの変わり者の伯父がいる実家でしょう。今時騎士道精神なんてうんざりよ」

 ボシュニア公爵家の名代であるナヴェル伯父は先祖伝来の甲冑に身を包み、長槍を携えながら馬で領内の見回りをするのが日課であった。

 いつでも戦場に赴く覚悟ができていると豪語するものの、もうかれこれ百年以上平和の続くアマトラニでは、伯父の出番などあるはずもなく、領民達からも陰では笑われているのだった。

「明日の祝賀会にはナヴェル様もお越しになるそうですよ」

 執事の言葉にため息しか出てこない。

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