流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

   ◇ パン屋の少女 ◇

 目を開けると、そこは部屋の中だった。

 土間の床だが、大きな竈があってあたたかい。

 火が燃えて明かりはあるが、部屋全体は暗い。

 食べ物の香りがする。

 上半身を起こすと、体中が泥で汚れていた。

 破れた袋のような布を敷いたところに寝かされていた。

 手に白い粉がつく。

 どうやら小麦粉の袋らしい。

 かたわらにはエリッヒが土の上に座り込んで眠っている。

 エミリアは手についた粉をエリッヒの鼻にこすりつけた。

 そばにいてくれるだけで安心する。

 体中の関節が痛む。

 顔が腫れているのか、ひりひりと痛む。

 記憶にあるのはエリッヒに沼地に倒されたことだ。

 体が痛むが、生きていることを実感する。

 あれから何があったのかは分からない。

 しかし、エリッヒがそばにいてくれるのであればそれでよかった。

 部屋に誰かが入ってきた。

 職人風の中年男だ。

 体は小さいが腕が太い。

「おう、気がついたかね」

「はい」

 エミリアは男装していることを思い出して、わざと声を低くして返事をした。

「ここはどこですか」

「パン屋の工房だ。そこの相方があんたを担ぎ込んできたんだ」

「そうだったんですか」

「腹が減っただろう。そこのテーブルの上のパンなら、どれでも好きな物を食っていいぞ」

 男の指さすテーブルに目をやると、大小様々なパンが並んでいた。

 食べ物を見たとたんにお腹が鳴った。

「いただきます」

 エミリアは遠慮なく丸パンを手にとると、小さくちぎって口に入れた。

 唇が腫れていて、噛むと痛む。

 泥と血の味が混じるが、パンはおいしい。

 小麦の香りが鼻を抜けていく。

 エミリアは痛みをこらえながら苦いパンを食べた。

「これを飲むといい。体が温まる」

 男の差し出したお椀にはお湯が注がれていた。

 生姜の香りが漂う。

「そっちの兄さんにも、起きたら飲ませてやるといい」

「ありがとうございます」

 職人の男は竈に薪をくべてから出ていった。

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