流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
「帰ってきたのかい?」

 いちおう男の声色を装って話しかけてみた。

「うん、だってつまんないんだもん。あのおじさん遊んでくれないから」

 おじさんというのはエリッヒのことらしい。

 少女にすら愛想を尽かされてしまうとは、どうやらエリッヒは相当女の扱いが下手らしい。

 苦笑をこらえながらエミリアはしゃがんで下半身を隠した。

「お兄さん、楽しい?」

 どうやら少女はエミリアが女であることに気がついていないらしい。

 なるべく低い声になるようにしながら男言葉で話した。

「楽しくはないけど、泥だらけだからね」

「お兄さん、どこから来たの?」

「ナポレモっていうところだよ。知ってるかい?」

 ううん、と首を振る。

「うちはパン屋だけど、お兄さんは何をしているの」

「仕事はないんだ。フラウムへ行くところでね」

「びんぼうなの?」

 少女の遠慮ない言葉にエミリアは笑った。

「そうだね。無一文だな。全部なくなっちゃった」

 城もお金も宝石もすべてなくなった。

 でも今の自分にはかけがいのない人がいる。

 ただそれを説明するには相手が幼すぎた。

「かわいそう。あたし結婚してあげようか」

 あどけない少女のませた言葉に苦笑してしまう。

「それはうれしいけど、わたくし……、僕よりもっといい人がいるさ。たとえばさっきのお兄さん……エリッヒなんかどうかな?」

「やだ。あたしはお兄さんがいいの」

「どうして」

「あっちはおじさんだもん。あたしはお兄さんの方が好きなの」

「僕なんか痣だらけで変な顔だろう?」

「傷なんかほっとけば治るでしょ。お兄さん素敵だもん」

 薪を運んでいた年上の男の子が話を聞きつけて割って入ってきた。

 エミリアはしゃがんだまま両手で上半身と下半身を同時に隠した。

 少年が少女につっかかる。

「なんだよ、おまえ、この前は俺と結婚するって言ってたじゃんかよ」

「こっちのお兄さんの方が素敵でしょ」

「へっ、俺は将来親方になるんだ。あとで頼まれたってお断りだぜ」

 少年は二人の方を見もせずに舌打ちしながら工房に入ってしまった。

「いいもん。ねえ、お兄さん」

 少女が腕に抱きついてきた。

 胸の傷跡があらわになる。

 恥じらうエミリアを上から下まで眺めながら少女がそっとささやいた。

「お兄さんは女の子なの?」

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