流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
◇ 夜の貴婦人 ◇
シュライファーが下がってまた一人になったエミリアは暖炉の前でチェス盤の駒を並べ直していた。
五月とはいえ、やはりまだ夜は冷えてくる。
この時代の石造りの城館は窓も密閉されてはおらず、すきま風がときおり肌をなでていく。
暖炉の炎を眺めていると、扉の向こうで誰かがノックをした。
控えめな音で聞き逃してしまいそうだった。
「どうぞ」
暖炉の前から返事をしたが、扉は開かなかった。
「どうぞ、お入りください」
いっこうに返事がないので、しかたなく王女は扉へ歩み寄って自ら客人を招き入れた。
「新しい家庭教師の方でしょう、どうぞ」
「こんばんは、王女様」
階段から漂う冷気にのって大人の女性の香りが漂ってきた。
鐘型のふくらみが優雅な赤いドレスをまとった女の顔が目の前にあった。
「初めまして、サリヌ伯爵夫人です。ジュリエとお呼びください」
軽く会釈した女性に合わせて王女も軽く頭を下げた。
女の大きく開いたドレスからこぼれるような胸の谷間が目にとびこんできた。
王女は自らの貧弱さに赤面し、嫉妬心を抱いた。
「伯爵夫人? サリヌ伯爵とは、どちらの御方かしら」
ついとげのある口調になってしまう。
女がなまめかしく微笑んだ。
「深く詮索はなさらないでください。私は夜の貴婦人、夜だけの称号ですから」
「新しい家庭教師とうかがっておりましたが」
「ええ、わたくしでございますわ」
女が胸を突き出すように一歩踏み出す。
王女が暖炉の方へいざなおうとすると、夜の貴婦人は首を振った。
「よろしければ寝台の方へ参りましょうか」
ジュリエが王女の手を取ってベッドに座らせた。
自らは向かい合って立ったまま話を始めた。
「王女様はどうすれば子供が授かるのかご存じですか」
「結婚して、口づけを交わせばよいのでしょう。そうすれば神様が子供を授けてくださるのですわ」
「いいえ、それだけではお世継ぎはできませんわ」
「まあ、そうですの」
「そこに必要なのが快楽でございます」
「それはどのようなものですか」
「今からお教え差し上げますわ」