月の記憶、風と大地
動揺
津田が新しい白衣を着て仕事をしている。

衣料品メーカーとのコラボレーション企画で、あちらこちらの企業にモニターとして協力を依頼されているのだ。


「迷惑な話だ」


津田がため息をつく。

後台と静は、そんな津田にはお構い無しに白衣を眺めたり触ったりしている。


「津田さんだけ、ずるーい」


静が口を尖らせた。

店舗に一着であり、前々にサイズは確認している。
店長の津田サイズで送られてきたが、身長も近い後台も着用できそうだ。


「後台でもいいんだぞ」
「まさか。ここは店長でしょう」


笑顔にみえる細い目が笑っている。

モニター試着は期間が一ヶ月設けてあり、耐久性はもちろん洗濯後の着心地、生地の劣化などを白衣と共に配布されたアンケート用紙に書き込まねばならない。

それを後台は知っていた。


「一番の特徴は特殊素材。何でも鉱物が練り込んであって、体の熱を放出して快適に保つそうだ。医療現場で、機器に障害を起こすこともないらしい」


製品自体は確かに良い物だったし、それは良かったのだがその後に更に面倒が待っている。



「社長から、ここのメーカーさんの本社で、インタビュー受けるように云われたんでしょう?」



ドラッグストアの社長と、繊維メーカーの社長は友人同士である。

着用写真と感想を纏めた冊子を作る為、衣料品メーカー側の本社へ、出張しなければならないことになっているのだ。

本社から店舗の場所が、一番近い事が理由らしい。



「公私混同、はなはだしいな」



津田の声は不機嫌であり、それ以上は何も云わなかった。
さっさと売り場に戻り黙々と発注作業を始めた。
珍しく静から後台に、そっと話しかける。



「最近の津田さん、何か機嫌悪いですよね?」
「はい。自宅でも機嫌悪いみたいで、穣くんが心配していました」


何かを考え込んでいるようだと、幼稚園帰りの穣が教えてくれた。



「歓迎会以来でしょうか。まさかとは思いますが、津田さん……既婚者の弥生さんに、無理矢理」


二人は同時に上司の方角を見る。
知ってか知らずか、津田は表情を崩さず仕事に打ち込んでいる。




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